Suggestion
近頃。大好きなアーティストの名前が浮かばなかったり、聴きたいレコードが見つけられなかったり。酷い場合はCD屋で欲しくなったCDを睨みつけながら「ひょっとしたら持っているような気」がしてしまう。検索能力が著しく低下しているのである。
そんな、記憶障害気味の僕の手元に、ついにキャリア・カウンセラー養成講座(CDA)のテキスト全六巻+αが届いた。
大丈夫なのだろうか?
こういう場合の特効薬が21世紀には開発されているはずじゃなかったのか?!
「まあ僕はね、別にキャリコンになりたいわけじゃないんですよ」
どうでしょうか、この明確な逃げ。
「私の潔い自己防衛本能の気高さときたら!」と、大江健三郎風に叫びたくなります。
まあ、冗談はさておき。
僕は今の仕事(引きこもり・ニート・フリーターの自立支援)を始めた時に、頭でっかちのお仕着せ(恩着せはmore最悪!)の支援者になりたくなかったから、五年は本を読むのを止めようと決めた。そんなに仕事が続くとも思わなかったし(苦笑)。
八年が経った今。未だにそれらしき本を読んでいない。
ちょうど楽譜が読めないギター弾きの僕が、専門書と格闘した末に「なんだいつもやっているあれのことか」と肩を落とす徒労感に酷似しているのである。
「引きこもり」から「ニート」という言語の変化がもたらした若者を経済の観点から捉えた場合の視点は僕にはなかったのでとても新鮮であったが、支援者としての教養の域を脱しない。
それらを読んだところで、自分自身の支援者としての蘊蓄が溜まるだけで大人を納得させるボキャブラリーにしかならない。すなわち現場で若者と対峙する際には屁みたいなものなのである。
だから読まなかったし、学ばなかった。
でも今は違う。保護者だけではない大人たちと僕は対等に、時には指導的に関係を成立させなければならない。それは行政関係者、様々な研究者に教育関係者、一般企業のお偉いさんから町の商店のおっちゃんであったり。若者を支援している支援者(キャリコン、臨床心理士、ソーシャルワーカー)にも僕の言葉を理解してもわなければならない。
個人の経験だけでモノを言うフォーマットから抜け出した世界で僕は活躍したい。
そのとっかかりがキャリアカウンセラーになるということなのだ。
と、自分を鼓舞しているが、もう一度言おう。
「まあ僕はね、別にキャリコンになりたいわけじゃないんですよ」
僕の未来に向けて、サジェスチョン(暗示・示唆)が得られればまずは良しとする。
Today's BGM is
AMOS LEE/SUPPLY AND DEMAND(2006)
2005年のBlueNoteからのデビュー・アルバム「AMOS LEE」に続く2nd。期待を膨らませ過ぎ、ジャケも含め購入当時はガッカリしたアルバムですが、小雨降る日曜の午前中にはピッタリのアルバム。声質なんかは違いますが、ジェームス・テイラーあたりのSSWに通じるカントリーをベースにした良質なアルバム。とにかく声と曲がいい。ノラ・ジョーンズのファンはもとより、ハナレグミ好きとかにも聴いてみて欲しいアルバム。