« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月の19件の記事

2009年9月29日 (火)

教師の情報格差が、結果的に教育格差になっている!?

この間、とある打ち合わせ終了後の立ち話で、教育委員会の方にこんな質問をしてみました。

会議の流れから、暗に総合的な学習の時間や、地域連携について、という含みがあったと思いますが、

なぜ、学校間で成熟した指導が行えている学校と、そうでない学校が生まれるのか?

また、教師間のスキルやモチベーションの差はどうして生まれるのか?

その方は、割と確信に満ちた様子で「情報があるかないかです」と言った。

なんとも拍子抜けするような他愛のない理由のようにも思えたし、非常に難しい深刻な問題のようにも思えました。

あれから、僕の中でこのことの検証と、解決策と、事業化ということを同時に進行させている気がします。

検証。本当に情報がスキルやモチベーションの格差を生むのか?

生む。あることに思い当たりました。

僕の勤めていたNPO法人では、本来事業(内部)を担当するスタッフと、外部の委託事業を担当するスタッフに分かれれていました。

単純なことですが、内部の仕事は、外部という情報に出会いません。逆に、外部の仕事は常に外部という情報にさらされて仕事をしています。

僕は、退職するまでの最後の五年間、この情報にさらされていたわけです(情報を刺激という言葉に置き換えても有りだと今思いました)。

外部の担当者も、内部の仕事を週一で行うというシステムだったのですが、たまに内部の仕事をすると、どうも歯痒い。

朴訥として見えるというか…。きっと比較や評価という緊張のない牧歌的なムードの中で、これでいい、ということが内部にはあり、外部の比較や評価の中にいた自分からは、甘っちょろく見えたのかもしれません。

僕は、どこどこではこんな取り組みが成果を上げているとか、こんな委託事業があるぞ、とかを知っているし、世間並みのスキルを獲得したいという欲求も現れ、自費で資格取得をするという、高いモチベーションを得ることができました。

この経験を振り返ると、情報が、スキルやモチベーションを生むのだという話が納得できるし、デジタル・デバイドの問題に直結すると思います。

ついでに得た確信は、教師だけではなく、若者支援施設で働くすべての人々に当て嵌まると言える、ということに気付いた。

解決策と事業化については、いずれお伝えしていきたいと思います。

現状では、なぜ情報が入らないのか、また、どのような情報が必要とされているのか、引き続き検証をしていきたいと思いますし、できることなら、研究会を立ち上げたいと考えています。

で、自分たちシェアするココロが、ある輪の外に出た、ということを確か前回書いたけど、本文からの流れで言えば、内部の外である外部、その外部のまた外に出たという感覚が僕らにはあります。

情報の入り方やジャンルの幅が全然違うんです。まあ、毎日が異業種交流会ですからね(笑)

また、立ち位置の縛りが薄いので、非常に客観視できるんです。

そういう位置から、内部の人々に、ある種のプロパガンダを擦り抜け、逆に言えば、なんのフィルターや思想も通過していない自動抽出的な情報提供をしていく。

当然ここには、ウェブの力が入るわけだけど、ウェブの力でなんとかなるとは言わない。ただウェブが絡んだ方がモアベターよ、とつぶやく。

ウェブは、リアルを補うツールに過ぎない。

なんてことをしてみたい。実は実験は進んでいるんですよ。

また、これから立ち上がるハマトリアム・カフェ内のコンテンツに、ここで書いたような理念が、反映されているんです。

本来事業では、さらにグローバルに発信していきたいと考えています。

ソーシャルなイノベーションを生み出したい。それにより、最大の恩恵を受ける若者たちが、街を闊歩して欲しい。

う〜ん、久しぶりにイノベーションなんて言葉を使ったけど、ここのところ、ずっとそんな気分なのです。

Today's BGM is
The Latin Jazz Quintet/Caribé
54829 なんか謎な人たちです。初期のエリック・ドルフィーが参加していますが、あまりそこをフューチャーして聴かなくてもいいのかなあと。逆に期待しちゃうとどうなんだろうなアルバム。それよりもコンガとビブラフォンにドルフィーのフルートという構成美というか、こういう音楽が好きな人にとってぐっと来る楽器のラインナップを楽しむのが快適なアルバムです。コンガがいい音で録れてます。

| | コメント (5)

2009年9月26日 (土)

新事業計画書への足がかり

昨日、社会起業家の支援や育成をしているNPO法人ETICの方が、事務所を訪問していただきました。横浜にも拠点ができるようです。

僕がシェアするココロを立ち上げるきっかけや、今後のビジョンなどをお話しましたが、事業計画は所詮仮説で書いたように、今、いったん白紙にしている状態で、仮説を再度お話しするのは、やっぱりすっきりしないですね(苦笑)。

その日の夜に、珍しくお隣の社長と二人きりになったので、なんとなくビジョンを語ったりしたんだけど、やっぱり自分たちの立ち位置はここだな、というのをが徐々に強く意識するようになってきている。

ここというのは、まだ上手く語る言葉がなく、語弊が生じそうなので言及しませんが、ある種の輪の外側だということは言えると思います。シェアするココロは主体的にその輪から外れた。だからこそ、その輪に対してできることをしていきたい。

そんなことを考えている。

ソーシャルなマインドは社内に溢れている。あとは事業性。年内にハマトリアム・カフェのコンテンツのベーシックな部分が落ち着くだろうから、年明けからぐっと紙ベースに落とし込み、来年度からは動く。なんてことを「それじゃあ遅いよ」と思いながら書いている(苦笑)

最後に、ETICについて目から鱗だったことをひとつ。ETICのコアな事業は学生のインターンシップ事業なのだが、受け入れ企業には厳しい審査があり、落とされるところもあるとのことでした。

ひきこもり、ニート支援の現状では、ある程度の信頼性は当然求めますが、もうお願いしますと頭下げっぱなしの営業活動でしたからびっくりです。

同日参加した社会教育委員の会議で、大学の社会人入学が学生に与えるインパクトについて話していましたが、ETICに集まる大学生を受け入れる企業には社会人入学とは真逆の学生入社というインパクトが企業の活性化に繋がっているのでしょう。

素晴らしい取り組みですし、明確なコンセプトが感じられます。シェアするココロも見習っていかねば!

Today's BGM is
B.J. Thomas/Greatest Hits
41xe0r7jgbl この人、バカラックの「雨にぬれても」の人でしょ、という評価しかされていないみたいですね、いや、実は僕も(苦笑)これも借りっ放しで返しそびれたCDでかたじけないです。 ヒット曲もけっこうあるんですよね、と擁護しつつ、聴くと、逆に「雨にぬれても」が異色な感じ。逆にこれが痛いんだなこの人。痛たた。

| | コメント (0)

2009年9月24日 (木)

社会人になるということは?

というリクエストが、ガイダンスの中に入っており、このシルバーウィーク中、社会人生活22年目の不祥ぼくちん、不毛な自問をしとりました。

お仕事なんで、うっちゃらずに向き合った次第です。

というのも、前回「働くということ」を、なんとかなんべえと、軽くうっちゃったら、本番でとんでもなくテンパッちゃったんで(冷汗)。

さっきガイダンスは終わりました。ちなみに二年生の男女。

厚労省が9月11日に発表した高卒求人の有効求人倍率0.71倍。求人数が48.8%ダウンという辛辣な報道を軸に、今、何をすべきかという話。もうちょい言うと、19万1000人の就職希望の高校生に対して、求人数は13万5000人。6万5000人は、どうあがいても就職できないわけです(ほんとに大変な状況です)。

なかなかゆとりのある校風でしたが(笑)、こういうタイムリーかつ、自分に大きな影響を及ぼす話は、やはり食いつきが違いました。

やはり、彼らはどうでもいいなんて思ってはいないのです。

何を伝えたかは、おいといて。僕の正直な感想を反省を踏まえ書いておくと、僕も含め教える側がもっと現代社会にフィットしつつ成熟しなきゃダメだと思いましたよ。

「社会人になるということ」なんて、彼らは舐めちゃあいるけど重々承知なわけですよ。

テーマがガキっぽ過ぎて、聞いてらんない、みたいな感じでしたね、正直その部分は。ここは自分の力量不足もあり反省です。

でも思ったのは、「誰もが経験の中で知っていった漠然としつつも芯のある暗黙値を、教育に落し込み汎用性の高い形式値に変換する」ってことのナンセンスさ。

僕の感じている不毛さはここに集約されそうなんだけど、そもそもそれが教育だよ、という意見は、それこそが手抜きなんだよと反論したい。

体験的学習の機会を保証せずに、何が教育だよと。

これは、こないだお話を聞かせていただいた、尾上先生の意見に強く共感している部分なんだけど。

話を進めると。彼らはほんとに子供だなと思いますが、子供扱いしてはいけないようなデリケートなお年頃なわけで。

無表情なツラして、過敏なアンテナをびんと張って、必死に空気読んでたりするわけですよ。

そこへ来て、このナンセンスさはどっチラケなんだと思うんだよなあ。

やっぱり、彼らが聞きたいと思う、僕の実感値としてのニーズは、そういう公衆道徳的なことではなく、もうちょい血生臭いというか、におい立つようなリアリティある話だと思うんですよ。

自分の反省点もまさにここにあって。「先生らしくどうぞ」と言ってもらったにもかかわらず、道徳的に切り込んでしまった。

こここそが、先生方の苦手としているとこで、生徒たち的にも欲求不満な部分なのだろうし。外部の強味を発揮する部分だよなあ…。

でもさあって感じ。

一応というか、ここが1番重要で共通理解にしておかなければならないと思う部分、生徒にも言ってるんだけど。

昔は、そんなこと考えなくても、社会に出れば、なんとかなってたんですよ。

それが、なんとかならない不確かな時代になっていて。しっかり考えてないと、相当キツイぞと。フリーターになったら、マジで抜けれなくなるかもしれないぞ、と。

おまえら、なんにも悪くないのにな。

経済界の変化が、教育の在り方を変えている。デュケレという興味深い雑誌が日本経済新聞社から創刊された。

日本の教育が新たなステージにシフトする今、僕らにできることはなんだろ?

「社会人になるということは」から、いろんなことを考える一日だった。

一日の終わりに出席したまったく別の会議で、教育委員会の方と何となく予防という観点とコミュニティの活用というテーマで、ほんのりとビジョン共有ができました。

Today's BGM is
Dread Zeppelin/Un-Led-Ed
417357703_9719cb7b9a 君はドレッドツェッペリンを聴いたことがあるか?ツェッペリンの曲をレゲエにアレンジし、エルビスの物真似で歌い上げるというおバカ連中である。ボーナムのフィルとか完コピで、そのあとにがっくりなエルビス声で「アハハン」ですよ。とにかくマニアックなとこを上手い具合にコピーしつつ、オリジナルに仕上げている。英語がわかれば愉しさ10倍だろうなあ。僕はレゲエ、ツェッペリン、エルビス、みんな好きだからさ、最高!数年に一度だけしか聴かないけど(笑)

| | コメント (0)

2009年9月20日 (日)

ここんとこはそんなとこ

連休チュー、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?少し身の回りのことを。

■音楽を楽しんでいます。

僕は、不調のiPodをAppleに新品交換してもらい満足げでしたが、新たにデータを入れる作業に辟易としています。簡単に同期もできるんだけど、やはりある程度は厳選したいじゃないっすか。

とはいえ、音楽浸りはいいですねえ。ギターもウクレレもよく弾いています。エレキのメンテナンスでもしてみようかな。

■季節の変わり目の溝にはまり、体調を崩しています。

持病の喘息がどうも良くないし。ここ数年、原因不明の皮膚病みたいなものが季節ごとに現れ痒い。これは手から出てきて足へ降りて消えて行くというもので、ようやく手が目立たなくなてきたかな。

痒くて苦しい。これ、どちらも、横になって温々していると出るんです。結果寝不足という最悪の状態で。連休じゃなかったら相当キツい。ていうか、連休終わってもこの調子だとキツいので、一度病院に行きます。ちなみに、今新型インフルにかかると重症化しますよ、僕。

とにかく季節に左右されやすいこの身体をなんとかしたい。常夏の島にでも移住すれば、僕の喘息は出ないのか?この身体のかゆみともおさらばできるのか?

FREITAGを購入

何気ないネットサーフィンで出会ったスイスのチューリッヒ発のブランドFREITAG(フライターグと読みます)のメッセンジャーバッグをヤフオクでゲット。Image562_2

 ボディをトラックの幌、淵を自転車の古チューブ、ストラップをシートベルトと、ほぼ廃材利用でできた鞄。そのエコなコンセプトと、それぞれが世界に一つしかないというプレミア性とカワイイデザイン。流行からはひと波乗り遅れてしまったようですが、惚れ込みました。

僕が買ったのはデクスター。僕にとっては、ドラグネット、Image563_2 トップキャットのようにでかすぎず、ラッシーのように小さ過ぎずというもの(相当調べたので、ちょっと通になりましたよ)。また、鞄内の整理がしやすい、仕切りやポケット類の充実というところがお気に入り。写真のように拡張もできるのも、しないだろうけど安心感あり。

僕の中で、レッドウィングのワークブーツ、バブワーのジャケットに次ぐ、一生モンシリーズに仲間入りです。

Today's BGM is
Al Green/Free Soul -the classic of Al Green-
B00004w9ky09mzzzzzzz 誰がこのズンドコ節を考案したんでしょうか?キヨシじゃないことは確かです。アル・ジャクソンなのか?ウィリー・ミッチェルでしょうか?これは音楽界の発明のひとつだと思います。あまりにも時代を象徴しているため、汎用性に欠けたのかも知れませんが、ボ・ディドリーのジャングル・ビートに匹敵するでしょう。曽我部恵一の「春を待つ人」がいい感じでズンドコしてましたね。これズンドコ感が弱いですが凄い です。必見!

| | コメント (0)

2009年9月16日 (水)

事業計画書は所詮仮説

マニュフェストってやつを考えれば、言わずもがなだと思うけど、どんなに偉そうに、もっともらしいことが書かれていても、それが未来のことならば、すべて仮説なんですよね。

こんな単純なことが、頭っていうところは、けっこう理解しにくくできてるみたいで、特に自分の書いたことだと、責任とか、報いとかができちゃって、なおさら受け入れがたくなるみたい。

何を言いたいか?

それはシェアするココロの事業計画書のことです。

独立する前に、シコシコと考え、加筆修正を日夜続けていた、ほら、このブログにもよく出て来た、あの事業計画書のことです。

あれがずっと頭にあって。

あの事業計画書が履行される前に、シェアコロは運よくハマトリアム・カフェという仕事をさせていただくチャンスをいただいた。

今は、そのハマトリアム・カフェの充実に全力を注いでいるわけなんだけど、その間、例の事業計画書が宙づりになっているわけで…。

いろいろな出会いのなか、名刺交換の際などに「で、御社は何屋さんなの?」的なご質問をいただくにつけ、あの事業計画書が、ぶら〜んと浮かび上がるわけ…。

でも、あれは所詮仮説。絵に書いた餅なのである。

そう思えるようになったのは、先週の日曜。あの卑猥な中華料理屋での打ち上げの、ささやかなお喋りからのこと。

あの事業計画書に注ぎ込んだ時間や情熱を、ちょっとひと呼吸置いて考えてみる。

あの事業計画書には、確かに夢がある(まるでどこかの政党のマニュフェスト!)。

でも現実味に欠けていないか?

僕らは、この短いが非常に濃度の濃い時間に、あの時点で知らなかったことを知り、知らなかった人たちと出会い、新しい世界のドアをノックした。

仮説は所詮仮説だと受け入れ、検証するときが来た気がする。

子供だましは切り捨ててしまおう。お涙ちょうだい的なセンチメンタリズムは思い出に変えてしまおう。

そういう踏ん切りが、ようやくついてきた気がする。

Today's BGM is
The Beatles/Box-Set
51sd5hzximl_sl500_aa240_ 甲虫箱…。欲しい。大人買いしたい。あんまりわがまま言ったことないけど、これはわがまましたい。40歳になったら、そういうことしていいんじゃないの!?ダメなの?え!?どうせ全部欲しくなちゃうんだからさ。ねえ、いいんじゃないの、俺?家宝っていうことでさ。DVD付きだぜ!ん、も〜。どこに置こうかな?関内のユニオンで見たらけっこうでかかったぞ。飾るのかな?仕舞うのかな?あ〜、う〜、き〜。

| | コメント (0)

2009年9月15日 (火)

青空編集会議〜シェアコロ・メンバー紹介〜

P9140020 昨日、マネイジング・ディレクターが、「今日の編集会議は、前から言ってる公園でやろうよ」と言い出し、近所の公園に行きました。

恐らくミスタードーナツが無性に食べたくてしょうがなかったんだと思います。

一昨日のイベントで自然について語り合ったばかりだったから、レッツラゴーでいざ出発。

えっちらおっちら大きな公園を歩きましたよ。登りましたよ。下りましたよ。

写真は、手前から一人で楽しいハイパー非常勤イナミー。その奥左がデザイナー兼ドラマーのコウジ、その隣がライター兼弾き語リストのフルチン。どうやらこの二人、Zaimのパーティーでコラボすることが、この時に決まったそうです。その奥の右がマネイジング・ディレクター兼キャリア・カウンセラーの歌丸と、ソーシャル・ワーカーのBig-O。何やら深刻な話!?P9140023_2

蚊がいない場所か、日陰かで議論になりましたが、蚊のいない日向の芝生の上で落ち着きました。

ドーナツを食べながら、昨日のイベントの反省をしました。ちなみに今日の反省は、ドーナツはひとつで十分である。

汗を流しながら、とてもソーシャルな新規コンテンツ、しかも二本の企画書を説明し、意識共有をしました。

現在のハマトリアム・カフェはかなり静的なコンテンツで読み物的なサイトになっていますが、この二つの企画が通れば、かなり動きが出てきますよ!

これ、二つともいいですよ〜。皆さん、参加できますんでお楽しみに。

ちなみに、この青空編集会議、結論からいうと写真1枚目の移動中がなんかいい感じです。歩きながらじゃなきゃしない会話ってあるんだなって。目的地に辿り着くまでにちゃっちゃと終わらせられつつ、「今だ!」的な勢いのある駄馬なしに花が咲いていました(笑)

二ヶ月に一度はやりたいですね。では、我が社のソーシャルなマインドに溢れるスタッフたちです。

P9140026_2

Today's BGM is
Cal Tjader/Tjader
D0045900_1448489 昨日の朝はキリリと涼しかったのですが、なんだかんだ暑かったですねえ。で、ジェイダーおじさん。この人のビブラフォンの好きな所は、いくらヒートアップしても消して汗の匂いがしないクールなプレイでしょう。これはラロ・シフリンのアレンジ(だっけ?)で、かなり燃えますが、ジェイダーは冷静沈着。不思議な人です。実は次のメガネを考え始めているのですが、このジャケを見て、黒ぶちのセル・フレームと決めました。ドノバンはなぜこの手のミュージシャンに愛されているのか?

| | コメント (0)

2009年9月14日 (月)

ハマトリアム・カフェ@野島青少年研修センター

昨日は、横浜市で唯一自然の海岸が残る野島公園で、第2回目のハマトリアム・カフェ・オフライン・イベントを実施してきました。第1回目のご報告はここ。

Image541何をしてんだ?

と言われたら、ゲスト呼んで話し聞いてんだい!としか言いようがない企画ですが、この話しが毎回、実に含蓄に富んでいて面白い。

話を聞いて欲しい対象は、目の前及びウェブ上の若者たちなんで、僕は若者の代弁者となり、ゲストから話を引き出す役割なんですが、僕自身が個人的に掘り下げたい話が実に多い!

そこをスルーせず聞いちゃう感じが楽しいんじゃないかと思います(笑)。

前回、ゲストで参加していただいた遊緑地設計の高橋さんが、昨日はお客さんとして来てくれていたんだけど、「これは大人が聞いても楽しい」と。

そうなんですよ。出張先で、ふらっと入った居酒屋のカウンターで、見ず知らずの人の人生を聞いているような醍醐味があるんですよ。

まあ、居酒屋のカウンターには質の悪いのもいますが、こちとら厳選したゲストですから、ハズレない。

毎度、司会進行というゲストを独占できる喜Image544びを神に感謝しています。

昨日のゲストは、山下公園の海底清掃を29年していらっしゃる、「海を作る会」の坂本さんと、小学校にビオトープや地域にたんぼを作る活動をしている「NPO法人横浜こどもと自然ネットワーク」の尾上先生。

お二方とも知る人ぞ知る、そのジャンルではパイオニア的な存在の方々。話がつまらないわけがない。

詳細は、サイトで報告させてもらいますが、二人とも本当に自然体で取り組んでるんですよね。

昨日も多くの気付きをいただきました。

仕事を通じて自分が豊かになれるという実感が得られる。という、人と関わる仕事の1番の醍醐味を存分に味わってます。

終了後のラボとの打ち上げもまた楽し。野毛の三陽、デビューしましたよ。チョメチョメ麺は食べそびれたけど(笑)

Today's BGM is
Willie Nelson/American Classic
Wv1i0n_2 トミー・リピューマのプロデュースの企画モノでしょうか?企画自体はロッド・スチュアートの当り企画の二番煎じに他ならないが、英国人のロッドではなく、アメリカ人の、しかもカントリー歌手のネルソンが割とジャジーなアレンジでアメリカン・スタンダードを歌う。これねえ、一緒にギターを弾くと最高にダンディーな気分に浸れるんですよ。ほぼミディアム・スローなんで弾きやすいし。クリーンなトーンでね。Blue Noteも、なんでもありっすね。

| | コメント (0)

2009年9月12日 (土)

若者支援にチンゲンサイを!

オトナはほうれん草しないと怒られます。特にいきなり「ほう」したりすると、ことによってはもう大変です。

我社にも知らない若造がいたので、念のためほうれん草を説明しておくと、報告、連絡、相談の頭文字をとって、ほうれんそうです。

実は僕、報告と連絡の区別を上手に説明できません(苦笑)

終わったものが報告。途中経過が連絡でしょうか?あ、後で自分で調べますよ。え、調べてから書け。ごもっともで。

いやいや、書きたいのはほうれん草ではなく、チンゲンサイ。

これ、多分数年前にもこのブログに書いた気がするんですが、残念ながら流行らなかったし、自分自身忘れてた。

今度こそマジで流行らせたい。なんなら名刺に入れるか、ぐらいな気持ちですよ。

さて、チンゲンサイ。

チンと、ゲンキよく、サイゴまで!!

若者支援に勤しむ仲間たちよ、ほうれん草はいいから、しっかりチンゲンサイさせましょう。

チンゲンサイができないのに、ほうれん草でかるわけないじゃん。

ほうをチンされても、れんもそうもなしにゲンにサイされたって、俺の立場的にオッケー出せるわけないじゃん。

みたいな。

「俺そろそろここを出て独り暮らしをするよ!」

「ノォ〜ッ!!おまえチンゲンサイもろくにできてないのに独り暮らしできるわけないよ、ダメェ〜ッ」

という感じが現場感溢れる使用例でしょうか。

そのほかに、利用開始間もない若者には、コマツナというのを胸に刻ませましょう。

コマッたときは、スタフに、相談し

「……」(うじうじ独りで悩む若者)

<後からそっと肩を叩く>

「忘れてるぞ、コ・マ・ツ・ナ」

次回は「ベニショウガ」です。

ちゃお。

Today's BGM is
忌野清志郎/夢助
Yumesukekabegamithumb ラスト・アルバムは青山ロックンロールショウなのでしょうか?このアルバムの密着取材を観たら聴かずにいられなくなりゲット。クロッパーを起用した名盤『メンフィス』の手口です。聴いていて寂しくなります。レコーディング後のNHKの「SONGS」での復活ライブの方が全然声が出ているんですよ。それはボーカリスト清志郎が一番実感していたことだろうな、とか。不甲斐なさみたいなのを感じながら、それでも最後のレコーディングを夢の地で敢行したんだろうな。僕らは彼らのこなれた演奏よりロッ研の方が好きだな。清志郎の残してくれた歌を、通勤途中に口遊んでいたりします。自分の中で清志郎の存在がこんなにも大きな物だとは…。

| | コメント (0)

2009年9月11日 (金)

在宅ワークについてディスカッションする

昨日は、行政関係者及び企業関係者が集まり、在宅ワークがニート、ひきこもりの自立にマッチングが可能なのか、というディスカッション行いました。

まず、在宅ワークと内職は違うし、SOHOと呼ばれるものもまた違うということを知りました。以下、聞きかじり程度の知識になりますが。

在宅ワークは、通信機器、すなわちパソコンを使った自宅での仕事を指し、データ入力が主流。特徴は、誰にも会わずに済むこと。これがメリットらしい。定義の一つには、小遣い程度の収入であること。みたい。

内職は、自宅で箱を作ったり、昔ながらのイメージのものです。割と人との接点あり。

SOHOは、完全にその仕事で自立できている状態があり、在宅ワークの小遣い程度、Wワークとの違いになるようです。

実は、これまで何度かこのような話に立ち会ってきてて、一度はそのシステムを見学に行き、導入までを担当したこともあります(これはうまく行きませんでした)。

ディスカッションでは、いろいろとネガティブなご指摘もさせていただきましたが、僕の個人的な考えとしては、自立していく過程での、一つのステージ、選択肢として捉えるなら賛成です。

ただ、扶養状態にある彼らの保護者、或は彼らを支援している人たちが、在宅ワークという選択を、自立の妨げとして捉えないかという危惧があるし、ワーキングプアを生むだけの取り組みではないかと、捉えられる危惧があります。

それを踏まえ、昨日も在宅ワークの次のステージをどう見せていくか、という議論になりました。

インターネットの普及に伴う働き方が多様化するなかで、在宅ワークというものが、どこまで就労形態の一つとして、今後受け入れられていくのでしょうか?

まずは、在宅ワークというネーミングから変えるべきという意見に非常に同感。

また、業務委託という無法地帯をメリットとしていけるのか、デメリットになってしまうのか?

この紙一重感をワーカーの力量に委ねている点が1番の不安材料だと思いますね。

とはいえ、新たな可能性を秘めた議論は楽しい。企業の方々も、僕より少し若い世代の社長さんで、なんとも発想がフレッシュ。

また、自分の経験が存分に活かしていただけるという喜びは、なにものにも変えがたい。ということを強く感じれたディスカッションでした。

企業ニーズと支援団体ニーズ、そして当時者である若者のニーズのマッチング。現在手掛けているハマトリアム・カフェはまさにそのような機能を果たすべきだと思いました。

Today's BGM is
Robert Johnson}/The Complete Recordings
Johnson_complete これが発売された時は、こいつがあいつか!みたいにたまげたもんだった。悪魔を見たような、遠い昔に離れ離れになった家族に会ったような、なんとも不思議な感覚が襲ったことをよく覚えている。指が長い。帽子にスーツ、洒落ている。クロスロードでブルースに魂を売った男。このCDは曲の並びが大嫌いだ。オリジナルアルバム順と、レア・テイクに分けて収録するべきだと思う。職場で聴いたら気にならなった。蓄音機から聴こえてるようで、のどかな気分。こういう聴き方もありだったのか。

| | コメント (0)

2009年9月10日 (木)

エコキャップ運動 子供たちの限界が広げる地域の輪

昨日は、週末に野島青少年研修センターで行われるイベントの打ち合わせをしてきました。

同席していた、エコキャップリサイクルを事業化している方のお話が、ちょっと目からウロコだったのでシェアしたいと思います。

ペットボトルのキャップを集めるエコキャップ運動というのは、皆さんもご存知だと思いますし、知らなくても簡単に想像がつくと思います。

がしか〜し!

ヘエ〜と唸ってしまうような物語が、子供たちの収集能力のの限界のおかげで生まれているんですよ。

ちなみに、キャップは1キロ10円、ポリオワクチンが1人分(?)20円。学校で何人分のワクチンを買うぞ!と決まれば、キャップの数も計算できる。

仮に8万個を目標にしましょう。よし、頑張って集めよう、となるわけです。

子供たちはまず、両親や兄弟など家族に「捨てないでね」と協力を要請します。

数日後、みんなで学校に持ち寄ったキャップの数を見て、子供たちは愕然とするわけですよ。

全然足りないじゃん、と。

さあ、困った子供たちが次にお願いするのは、おじいさんや、おばあさん、親戚のおじさん、おばさん。

でもやっぱ足んないよ〜ってことになるわけですが、子供たちは次に誰に頼むのか?

ここがポイントなんですよ。

子供たちは地域に出ていくんですねえ。働きバチみたいで可愛いいなあ。

例えば、商店街や町内会。ここを指南し、切り込みを作る大人の役割も大きいですね。

「体験的な学びを地域が子供たちに保証できるか?」というのは非常に大きな問題だと。

都市ではその保証がないからビオトープなんかが必要だと。

体験的に学んでいない子供たちは、知識・理解度は高いが、応用・活用性が低い。体験的に学んだだ子供たちは、応用・活用性が高いんだとさ。納得。

そして、大人たちは子供たちの頼みとあっては断らないどころか、非常に積極的に協力してくれるんだと。

ここもポイントだなあ。

ここにコミュニティ復活の鍵が隠されているように思いませんか?

こんなエピソードも聞きました。

子供たちが老人ホームにキャップ集めのお願いに行ったら、はじめはどうやって接したらいいかわからなかった子供たちが、エコキャップというツールを使ってコミュニケーションが取れるようになっていったと。

自然や環境の話を聞く機会が多いこの頃、目的ばかりに目が行きますが、実は、目的から派生している副産物に本質があることが実に多い気がします。

だから、ストイックに目的、目標を目指すより、そこから派生する副産物を不純に楽しむくらいが、どうやら環境問題に取り組む秘訣らしいな、と思うんです。

また、こういう楽しみに味を占めたオヤジたちのイキイキしてることったらないですよ。いつも圧倒されてます。

では、13日。野島でお会いしましょう。

ちなみにこちらが前回のご報告。

Today's BGM is
高田漣/RT
51q9p7kpvql_sl500_aa240_ 僕は、ハナレグミやアン・サリーのバック、或いは高田渡の息子、あの名盤『27/03/03』などが先に来ています。大変信頼の於けるミュージシャンという印象。きっといい人なんだろうなあと、音と性格がリンクしてしまう希有なミュージシャンです。日本の音楽シーンで楽器で頭角を現せる人は、そうざらにはおりません。非常に優れた家具のようなアルバム。鈴木惣一朗のミニマムな世界から飛び出したアルバムを期待したい。

| | コメント (0)

2009年9月 9日 (水)

マインドの共有が瞬発力(瞬間発想力)を生む

ウェブサイトを制作していると、デザインやレイアウトのこと、動き出したものを止めないための次の一手など、どうしても未来のために躍起になってしまい、肝心の中身について立ち止まって話す機会を持つことがけっこう難しいんですf^_^;

このところ、このブログによく出てくる、PDCAのCですね。ちなみにこれは、

P:プラン(計画)

D:ドゥ(実行)

C::チェック(評価)

A:アクト(改善)

の頭文字です。Aをアクションだと思っている人いませんでしたか?え!?僕?はい。DとAはあんまり変わらないなあ、なんて…(恥)。

行き当たりばったりに仕事をせず、仕事をやりっ放しにしないで、しっかり経験値として蓄積したり、改善しながらいいものを作っていくためのサイクルです。組織、個人のスキルを上げていくにはPDPD…の繰り返しだけでは効率的ではないし、一人よがりになってしまいます。

週あたまに、ライターの会議をやりました。大きく分けて二つの目的があって。ひとつめは、句読点の打ち方や漢字の使い方、(  )の使い方。年齢性別や時間や曜日の表記方法の統一など、文章作成上のルールの確認。

記者ハンドブックなるものもありますが、サイトの企画意図や編集方針なんかを考え、独自のガイドラインが必要になります。

ちなみにハマトリアム・カフェの編集方針は、「優しくわかりやすくイマドキ」です。

ここをOJTでやって来ちゃったから、結構好みのぶつかり合いみたいなことになってストレスありました。

けど、今日でスッキリです。

まあ、こういうのはルールを作っちゃえばいいわけですが、やっぱ一朝一夕にできないのが、もうひとつの核、マインドの共有化です。

僕らの場合は、若年者問題に対する共通の課題認識を持つことがこれですね。

まあ呑もうぜ的な感じの話しですが、オフィシャルに、アン・オフィシャルに、じっくり固めていきたいところです。

ここが固まるだけで、どちらに進むべきかという、現場での瞬間的な判断がある程度、可能になります。瞬発力が発揮され、インタビューにリズムが出ると思いますす。

瞬発力=瞬間発想力だって思うんですよ、僕はスポーツマンじゃないから。取材って相当編集きいちゃうけど、ライブじゃないですか(こないだのヒルサイドはまさにライブでした)。

終わってから、あぁ、なんでこういう質問しなかったんだ俺、とならないためにもマインドの共有が重要なんです。

ライターとして奮闘中のBig‐O(彼の記事はこれ)は、ここ数年僕と同じ釜の飯を食った仲なので、相当な範囲で共有化できていると思うんですが、このマインド、想いをいかに記事の切り口にしていけるかは、また別スキル。非常に難しい。ですが、やりがいはあります!

シェアするココロ。スタッフ一同奮闘してます。必死こいて磨いています。ピッカピカにしたいと思ってますんで、みなさん更なるご指導ご鞭撻よろしくです。

Today's BGM is
RCサクセション/HARD FORK
Hardfork 初期のRCの二枚及びシングルからベスト盤。どうやら自分が高校生ぐらいにやたら聴いていたのはこの盤のようであることがわかった。嬉しい。「メッセージ」という曲をうろ覚えで風呂場なんかで歌い続けてて、そうとう独自解釈になっていたことが判明。それにしても嬉しいアルバムをゲットだ。しばらく聴き続けるだろう。りんこさんのウッドベースがこんなに太く鳴っていたとは。

| | コメント (0)

2009年9月 7日 (月)

ツイッターをネクスト・ステージへ上げる

メガネ君やメガネさんたちは眼鏡拭きのあの布を洗っているんだろうか?

毎日汚れを取ってるのに、あの眼鏡拭きってヤツはいつもキレイな気がする。

何年か使うと、拭いたら逆に汚くなる日が来るのかな?

まあ、どうでもいいや。

でも、洗っても今よりキレイに拭けるってもんでもないだろうなあ。

ホントどうでもいいや。

週末、自分の中の衝撃体験以降、いっこうに進化と変化のないツイッターに変化をもたらそうと、自分がリスペクトしている方がフォローしている三百人くらいを片っ端からフォローしてみることにしてみました。

ついでに自分のアイコンもジョジョ顔から、ポートレイト?へ変更。

さらについでに背景のデザインも変更。ウッドストック・フェスのタワーに登る若者たちにしてみました。

これもある意味、新しいサービスに対して愛着を持たせるというハックだと思います。

そうこうしてみると、あっという間に僕をフォローしていた数が6人くらいから70人以上に跳ね上がってて。

てことは、僕の呟きはこの70人にシェアされるわけだ。俄然、呟きがいが増すわけです。

で、ユースワーカー研究会で久しぶりにお会いした藤井マサルさんとツイッターの驚異について語り合うと、ホリエモンの呟きを10万人がフォローしている、オバマ大統領に至っては、今調べたら、2,127,965人なんて。

なるほど、こういうことか。

すべてに首を突っ込むわけにもいきませんが、何事も首をしっかり突っ込まないとわからないものですね。

すでに多くの試みがツイッター上で行われているようですので、遊びながら情報収集し、事業に取り入れていきたいですね。

ちなみに僕のツイッターです。

Today's BGM is
奥田民生/股旅
1198040847 なんだかんだ、民生っちのアルバムで好きなのはこれ。実際はシャッフルしてますが。民生っちはギター愛に溢れている。でもって音楽愛にも溢れている。故にサウンドがいいのだ。特にギター。このこだわりが気持ちいい。キーボードもビンテージな音がしているし、こういうのが聴いてて「うんうん」という納得感に繋がる。でもって声と歌詞が好き。

| | コメント (0)

2009年9月 6日 (日)

個人的ユースワーカー像

久しぶりに暇を味わいながら、iPodの保証書探し。結局見つからず…。

昨日のユースワーカー研究会は、なんかこれまでと違った趣でしたよ、これなかったメンバーの皆さん。時間がなくて昼飯食べそびれてビックマック買ってったけど、出せる雰囲気じゃなかったので食べれなかったし。

京都から所用で東京にお越し中の(財)京都市ユースサービス協会の水野篤夫さんのネームバリューでいろんなジャンルの方が15名ぐらい集まっていました。凄い!

僕が感じている「ユースワーカー」という言葉の響きは、非常に包括的な懐の深いものを感じているんです。そこが気に入りなところなんですよ。

例えば、ユース・アドバイザーやユース・コーディネーター、パーソナル・アドバイザーやキャリア・メンターなどなどありますが、一番大きな括りで、一般の人たちに説明しやすい言葉がユースワーカーなんじゃないかと、何の政治的背景も主張もなしに僕は思っています(笑)

これは直感なんです。

「ユースワーカーってなに?」

「うん、若者に関わる仕事してる人たちのこと」

僕はこれでいいじゃないか派だったんですが、そうは問屋が卸さないみたいです。

やっぱり差別と区別をしないと通らないことがいろいろあるらしく。例えば「ソーシャルワーカーとの違いはなに?」なんて言われたり、「それは◯◯があるんだからいらないんじゃない?」なんて身も蓋もないことを言われる度に、「ユースワーク(カー)」について、自然に定義付けと差別化せざる得なくなっていく。

縦割りを批判しつつ、こういう業界でも縦割らないとうまくいかないんじゃん、とか思いながら大人の事情を察しましょう。

そうやって縦割っていくと、ユースワークはどうやら教育に特化していくしか抜け道がないようです。何を抜けるかというと大人の事情だと思います。

う〜ん、僕がその言葉の響きから膨らんだイメージと、実際のものはちょっと違ったな。でもそれはそれでいいや、というどうも曖昧なスタンスで落ち着いています。これは水野さんのゆるいキャラがそうさせている部分だと思いますが(笑)

でも、僕がユースワーカーを名乗った時に「ってこは◯◯なんだ」と細かく言われる方向にことが動くのはちょっと嫌だなあ、と思います。

ちなみに僕の持論は、先ほども書きましたが、若者に関わっていればそれはユースワーカーであり、もっと言えば若者をなんとかしたいというマインドがあればユースワーカーである、それでいいんじゃないかと考えています。ですから、おばちゃんたちがママチャリに「パトロール中」のあれのように「若者応援中」でいいと思うんです。

でもってちゃんと自分の持論に整合性を持たせるならば、(財)京都市ユースサービス協会が仰ってる「ボランティアレベルのワーカー」の下に「マインドレベルのワーカー」が沢山いればいいと。ここに僕の仕事を集中させたいぐらいに思います。

そこからちゃんと養成講座を受けたボランティア・レベルのワーカーがいて、収入を得られる専門職としてワーカーがいる。そういう風に考えたい。他のネーミングのものは、どうも専門職にこだわり過ぎて、そこに利権を感じさせるんで、そうじゃないところでゆる〜く若者を見守る目を育成をする所から始まるようなもの、これこそが日本版のユースワークなんじゃなかろうかと思う次第です。

あ、なんかまとまっちゃたな。そうそう、こういうことなんです(笑)

なんかすっきり。でも、別口でユースワーカーなんとかとか、いっぱいあるんですよね。ま、ひとつ仲良くやりましょう。ワン・ラブです。

と、書きましたが今度ユースアドバイザーの講師としてキャリア支援について講義することになります(笑)

Today's BGM is
佐野元春/No Damage 1&2
May12687 久しぶりに、2から聴き始めたら1まで聴きたくなりました。なんだろうなあこのイノセントな人はあ、しょうがねえなあ、とか思いながらも涙が出そうになる瞬間が僕の中にこの人の体験がある。十代の僕の価値観を決めたのはすべてこの人のことばだったのかしれない。それは20代、30代と確実に僕のベースにはあった。この人のいう「瓦礫」という言葉のイメージにいろんなものがシンクロしてくる。40代の自分にも響いていることを今日実感した。

| | コメント (0)

2009年9月 5日 (土)

市民ケースカンファレンス・アゲイン

あれは去年?ユースワーカー研究会@Y150協会という企画がありました。詳細はここから。

協会の皆さんや一般の方々に、ただ傍聴してもらっても意味がないから、何かワークショップでもしようよ。じゃあ、俺、企画しま〜す、ということではじまった市民ケースカンファレンス。

ユースワーカーの活動が垣間見られ、若者の問題を一緒になって考えてもらうことで、参加者(市民)への啓蒙となり、その意見がユースワーカーの気付きにもなる。まさに一石二鳥の企画です。

課題はあったものの、予想以上に一般参加者から活発な意見が聞けて、大成功でした。

で、これをY150ヒルサイドの市民創発イベントでやろうということになり、リハーサルに臨むと、これが問題大有りで。

とにかく参加者を長時間拘束するワークショップはNGだとわかり、ない知恵絞って出て来たのが通過型のワークショップ。

画期的だぜ。と、コンセプトに酔いつつ、方法がわからない。で試行錯誤を繰り返したどり着いたのが、起承転結の転を考えてという、ある意味で笑点のオオギリ的な企画。

ひきこりやニートの若者って、いつまでも転が起きない人たちだと思うんです。

この転をどう起こすか、何が起きればいいか、起承結を見て考えてもらう。

これが予想を超えて真剣な書き込みをいただきまして、めちゃめちゃ感動しました。

で、自信を得たところで第三弾。次の企画を考えました。

これはまだ秘密ですが、上手く行くと、シェアコロのコアコンピタンスになり得る可能性を感じています。

今日はこれから代々木オリンピックセンターで、久しぶりに参加のユースワーカー研究会。

京都の立命館大学でユースワーカー養成の専門コース設置したり、専門職としてのユースワーカー資格認定化をされたり、ユースワークを日本中に広げる取り組みを本格的にしていらっしゃる(財)京都市ユースサービス協会の水野篤夫さんをお招きしています。

ヒルサイドの市民ケースカンファレンスの成果を研究会のみんなとシェアしたいと思っています。

Today's BGM is
畠山美由紀/リフレクション
B77715d6 今、聴いてて気づいたのですが、これに収録の「愛にメロディ」は作詞:原田郁子、作曲:永積崇で、ハナレグミの最新作『あいのわ』でセルフ・カバーしているということなんだ。聴き逃していました。それにしても彼女の知名度がブレイクしないのはなぜなんだろう?かなり素敵な音楽を創っていると思うけど。多分ア行の発音が相当「は」に近い点でアッコさんぽいからじゃないだろうか?(半嘘)どんなに感情を込めても他人事に聴こえる褪めた感のせいか?僕はその冷たさが好き。

| | コメント (0)

ビッグイシューはOJSTをするべきだ

夜の武蔵溝ノ口の駅前は自己表現のカオスで、なんだか気味が悪い。あそこまで機材揃えて弾き語りって、逆に引きます。ただ座って大声でなんか言ってる人はもっと引くけど。

朝の武蔵溝ノ口、ホームレスのおじさんが、高々と手をあげてビッグイシューを売っているんですよ。ビッグイシューは、ホームレスが雑誌を売ることで収入を得てもらおうという、ロンドンではじまった世界有数のソーシャルビジネスです。

僕は高校の三年間、後楽園球場で、同じように手を上げてポップコーンを売ってました(笑)。自慢じゃないけどトップセールスボーイ。社会に出てからもセールスでトップになったことがあります。

だからね、物を売る自信はなんとなくあるんですよ。だから気になる。「おじさん、それじゃあ売れないよ」って。

今はミッフィー。こないだの『はらぺこあおむし』のエリック・カールも気になったな。Pic_cover

でもさ、朝の通勤ラッシュのど真ん中で立ち止まって、あなたからその雑誌を買うには勇気がいるんだよ〜。

何が言いたいかというと、販売するスキルまでをOJ(S)T(オン・ザ・ストリート・ジョブ・トレーニング)としてやらないと、せっかくの素晴らしい事業モデルも片手落ちなのではないか、と思ったんです。

やってるのかな?

僕は、あのおじさんに言いたい。

「おじさん、そこはあまりにも立ち止まりにくいから、あの電話ボックスの前でやった方がいいよ。でもって、今月の特集の内容を一言添え、300円と言ったほうがいいよ」と。

僕はこれだけであの人の収入が1.5倍は上がると核心していて、どう言おうか考えているところ。

よく、こういう支援系の格言で「魚を与えるのではなく、釣り方を教えてあげる」というのがあるけど、「魚を与えて、それを売る方法を教える」というのがビッグイシューの在り方でなのではないかな。

教えてるけどできてなかったらごめんなさいだけど、そこに巧くボランティアを入れるとか、きっと、もっとあるよね。

ちょっと関わりたくなってくるもどかしさ。

Today's BGM is
Big John Patton/Let 'Em Roll
Letemroll これ、ジャケ買いですわ(最近このコーナーで下衆な関西弁を多用するなあ)。正直、オルガニストをとやかく言う耳がない。正直、みんな同じですわ。サイドメンとか。トータルなサウンドで触手が動いてる。これはグラント・グリーンのギターと、なんと言ってもボビー・ハッチャーソンのビブラフォン。オルガンとの相性が意外にもいいんだなあ。でも曲として残らないんだな。強いて言えば「The Turnaround」かな。でも聴いちゃうのはこの編成の妙とこのジャケット。さすがアルフレッド・ライオン。

| | コメント (0)

2009年9月 4日 (金)

実在的な人間の根本にかかわる問題をできるだけユーモアを持って扱おうよ。

遅ればせながら、シェアするココロは、昨日から朝礼を開始することにしましたよ。

メンバーの一人がスカイプで参加しているのが21世紀でしたが、やっぱやるんだな、朝礼。って感じ。

詩人の谷川俊太郎さんが、昨日紹介した本の講演の中で、こんなことを言ってました(一度聴いたことある人はニンマリな内容ですよ)。

「(引用)何かこういう実在的な問題を扱うと、みんな真剣になっちゃうんですね。そこに問題があるんですね。やっぱり実在的なそういう人間の根本にかかわる問題をできるだけユーモアを持って扱うというのが、僕のポリシーなんです。」

<会場から一人の方が拍手>

この一人とは僕のことではないか、と思ったほど、ひどく共感いたしました。

谷川さんの「こういう」は、老後のことや死についてなんだけど、同じように、若者支援の現場をやっていると、実在的過ぎてやはり逃げ場がないんですよ。

家庭訪問した若者の部屋に入り込んで、うなだれた若者と話してる時なんか、これはホントに実在的です。

当事者のいないミーティングでも、突き詰めていくともう黙るしかないみたいなケースはしょっちゅうで。

こんな時に力になる、アクションに繋がるものは、理屈ではなくユーモアなんだと僕は思ってます。

ユーモアを持ち出すことで、ふっと生きるということのシンプルな手触りをココロのどこかで感じて、スタッフの身体がふっと動く、そういうことなんじゃないかな、という感じが僕はしていたので、よくミーティングで馬鹿なことを言ってました。

けしからんと思ってた人もいたかもしれませんが。

それにしても、いちいち意味を説明しなきゃならないごまかしのきかない社会というのは面倒くさいですね。

イキだとかイナセな感じで仕事したいなあ。

Today's BGM is
Sony Clark/The Best of Sony Clark
51r0nq0k0al_sl500_aa240_ この人はなんでも日本だけの人気だとか。ジャズ喫茶の人気盤「クール・ストラッティン」のせいですね。まあ、そんなことはいい。僕は好きなピアニストです。スウィング感があまりないような気がしますが、好きな理由は音が薄い。同時に引く音が最大五つぐらい(多分違う)。僕は10本の指を駆使して厚かましい音を出すピアニストが嫌いなんで。この人の抜け具合がちょうどいい。それとやっぱ小出しで繰り出して来るフレーズかなあ。入門編にはやっぱ「クール」を進める。

| | コメント (0)

2009年9月 3日 (木)

情熱真空パック

今朝、八百屋さんの店先に栗が並んでました。近頃すっかり影が薄くなりましたね、秋。短いと思うと、また愛おしい。

昨日エントリーした記事の、なんともいい感じの満足感の正体を、今読んでる『智慧の実を食べよう。』の中の、藤田元巨人軍監督と糸井重里の対談に見つけました。83560903_2

要約すると、フリーというピッチャー(一匹狼)的な仕事をしてきた糸井重里が、野球の影響で、チームで動くことが楽しくなり「ほぼ日」をはじめた、という話し。

僕の前職の就労支援施設では、一人ひとりのスタッフが、個性は違えど、ほぼ同じ役割を担っているんで、みんながピッチャーのように働いていたんですよ、多分。

利用者の若者的には、この人じゃなきゃ嫌だ、というのは大いにありますが、原則的には、僕の代わりもあなたの代わりもいるというピッチャー状態なんです。

だから、何かちょっとした仕事は、経験値(慣れ)を考慮しながら誰が一番暇か、という基準で決めてしまいます。

今のシェアコロは、みんなが違う、掛け替えのない役割を持ってて、一人ひとりが持ち味を発揮しながら、一つのものを作り上げている。

本の引用に戻ると、ピッチャーやキャッチャーという役割の違う人たちが、一つの球を追い掛けるように仕事している。

この光景が、昨日シェアコロにあったんです。

そこにゲストのフリーライターの坂井さんが満面の笑顔で現れた。

そういう一日だったんです。

大切なのは、この感覚は当たり前というヤツにすぐに飲み込まれていくということ。

当たり前というヤツは、感覚の麻痺ですから、昨日今日書いたピュアな感覚が、感じれなくなくなるんです。

ちょっとこれを「当たり前症」という病気と捉えると怖くないですか?類似した症例には「ぜいたく病」がありますね。

おお怖い。

クリエイターと呼ばれようが呼ばれまいがクリエイティブな人々は、自覚・無自覚的問わず、ピュアな感性を失わない、どでかい初期衝動を冷めることのない情熱として持ち続けてるんだと思います。

例えばそれが、ビートルズの「抱きしめたい」のイントロだったり、近親者の死であったり、自分が作ったものを褒められたり。

こういう人たちは、ちょっと目立つので、おりにふれ「なんでこんなことしてるんですか?」と聞かれるから、おりにふれ「ビートルズの抱きしめたいが〜」なんて語るからいつまでも情熱が冷めない。

逆に、ごく当たり前に会社の一員として何かを割り切って働いていると「どうしてこの仕事してるの?」なんて聞かれないから、ついついあの頃の自分を見失ってしまう。

逆に居酒屋なんかで「じゃあなんでおまえはこの会社にいるんだよ」なんて取っ組み合いの議論になることはありますが(苦笑)

そういった意味から、職業人セミナーに呼んだゲストが、自分の職業について根掘り葉掘り聞かれた後によく言う「自分のために参加してよかった」という感想に繋がるんだと思います。

いやあ、逸れたというか膨らんだというか、我ながらアレです…。

出た!まとめれないときの「アレハック」。

アレハックをご使用の際には、思わせぶりな含み笑いを忘れずに!

Today's BGM is
Steppenwolf/Born to Be Wild ; A Retrospective
Steppenwolfborntobewild まあ、ベスト盤ですわ。イージーライダーのあれっすよ。あれをカラオケで歌ってる女の子が「エロエロハイウェ~♪」と言っててウケたんですわ。あの曲ではじめて「ヘビーメタル」という言葉が使われたと聞いたことあるけどほんとかな?僕はあれじゃなく、同じくサントラに使用されている「The Pusher(売人?)」の方が好き。あの飛行機のようなギターサウンドを民生ちゃんがなんかでオマージュしていたような。イージューライダーかな?ジョンケイ(だっけ?)の声って、なんかずっとこれだったら嫌だなって思っちゃった。

| | コメント (0)

2009年9月 2日 (水)

チーム・シェアコロ

新たなコンテンツ『この素晴らしき仕事たち〜What A Wonderful Works〜』が、昨日立ち上がった。20090901_hc_ww_header

サイト的にはもう一つ、下の方に「ユースニューデール」というボタンの設置とレイアウト変更も行った。

実はまだ、ワンダフルワークスの背景のデザインやコメントの受け付けなどが未完成なのですが、随分とサイトらしくなってきていてホクホクしています。

午前中、外部の打ち合わせを終えて、事務所に戻るとスカイプ上で、デザイナー、プログラマー、アシスタントの三名が、専門用語を飛び交わせながら、緊張感の中にも和気あいあいとした雰囲気でコンテンツのアップに向けておおわらわしてて。

デザイナー「行間もっと詰めれないかなあ?」

プログラマー「やってみまーす」

<沈黙>

プログラマー「できました。確認して下さい」

デザイナー「お!いいねえ。じゃあ、稲見君○○を□□で仕上げちゃって下さい」

この、自分から離れたところで、勝手に行われているクリエイティブなやり取りが心地良くて。なんかいいなあ、と。

僕はまた違う仕事してて…。

気付くとスカイプは僕の「GO」待ちになってたりしてる。

デザイナー「もう出来てるよ、だったら石井さんGOを」

プログラマー「石井さんGOを!」

デザイナー「GOを!」

石井「GO」

プログラマー「GO」

デザイナー「GO」

なんなんなんだよ(笑)

取材してくれたライター、いいこと言ってくれたインタビュイー、素敵なデザインに口だしする自分、それをサイト上で動くようにするプログラマーと、記事をキレイに並べるアシスタント。

事務所の片隅で次の立ち上げコンテンツの企画にはまり込み苦悶している人、会計士と領収書をにらめっこしている人などなど。

いろんな人のいろんなクリエイティビティが一つの記事を作り上げていくんだ、という確かな感覚を、昨日、ようやく味わえたような気がする。

さあ、この僕らの作品をいかに若者が見てくれるようにしていくか。

僕らのミッションは、この次のアクションを生み出すことにあるのだから。

Today's BGM is
はっぴいえんど/風街ろまん
5e0465f0 そういえば、iPodに入れてなかったと思い入れました。たまたま古いレココレでアレサのレコを調べていたら「はっぴいな日々」の連載を見つけて読んだりしたもんだから。『ゆでめん』で自分たちの音じゃないとショックを受けて(RCも「僕の好きな先生」で同体験)、このアルバムはエンジニアから探したと。でもってグッジョブな吉野金次。細野さんのベースの音がいいですねえ。僕はこのタイトル、ずっと、なぜか「フウガイ」と読んでましたが「かぜまち」です。

   

| | コメント (0)

2009年9月 1日 (火)

『ロックで独立する方法』

忌野清志郎の『ロックで独立する方法』を読んだ。写真の清志郎がいい顔してんだなあ。

雑誌『Quick Japan』に清志郎自らが持ち込んだ企画をまとめたものだそうだが、タイトル先行だったらしい。というより、タイトルだけ持ち込まれ、本にしたいんだと忌野清志郎が言ったんだと。4170suamkl

ファンの勝手な憶測だけど、死ぬ前に全部話しときたいと思ったんじゃないかなあ。イマドキの若いミュージシャン及び、ミュージシャン志望の若者、音楽業界に対して。

とはいえ、上記のような体裁は第一話のみで、あとは独白的自伝です。個人的には第一話の体裁ですべて進めて欲しかったけど。

清志郎自身が決めた『ロックで独立する方法』というタイトルから、啓示やアンチテーゼ、主張や反語、さまざまな思いが想像できて楽しいが、当の本人の気持ちは複雑極まりないように思われる。

まあ、ファン以外にはお勧めしませんが、ロックンローラーをある意味での個人事業主と捉えることはできるし、バンドや音楽事務所はまさに会社であり、清志郎のような独立の多い、妥協なき男のイキザマを、独立というキーワードで知るのは、非常に面白かったし、実際に今の若者がこれをどう読むのか、非常に興味深い。

そのなかで、「自分の両腕で生きていくと決めた人が、そう簡単に反省するもんじゃない」など、引っ掛かる話も実に多い。例えばこれ。

「(以外引用)これからはむしろ情報を捨てられるヤツこそが強い時代が来るのかもしれない。それってけっこう勇気がいるんだろうけどね。」

補足すると、清志郎は高度な情報化社会がステレオタイプを量産しているということに憂いておられるわけで、「それっておまえである必要ないじゃん」という話しなのである。

情報を持ってるヤツは重宝するけど、「なるほどね、じゃあ」と、それだけだもんね。

情報を有しているというだけで個人が成り立っている若者は実際に多い(この辺はハマトリアム・カフェの定時制高校座談会に出てきた「情報量と経験量のアンバランス」に通じる)。

その人から情報を取っ払ったら何が残るのだろうかと心配になる。そんな彼らが情報の外に身を置くことは勇気がいることだろう。

社会に出てからの大学入学の話に似ているが、一度情報の外に出てみて、自分に必要な情報を吟味する時間を持つというのは大切なことかもしれない(この辺は、吉本隆明『ひきこもれ』に通じる)。

清志郎の青年時代、ギターの教則本といえば古賀政男だけという時代。吟味するもなにも、わずかなコードと、ミュージシャン仲間との情報交換がすべてで、後は自分で曲をコピーするしかないという。

ここが情報の外に出るという状況に近いと思うのだが。

A点とB点を結び付ける情報がないから、そこを自身で試行錯誤しながら探るしかない。

真っ直ぐな線がひけるわけがなく、ミミズが這ったようなイビツな線がそこに生まれる。「おや、これはこれで案外かっこいいぞ」となる。

その結果、ゴールがB点ではなくC点となっていく過程こそが大発見であり、オリジナリティであり、個性が生まれるのであると清志郎は言う。

非常に共感しますね。

今はGoogleMapのごとく、出発地と目的地を入れれば、いともたやすく点は線で繋がりますからね。

ここから脱線して、情報と情報をつなげる人たちの話しをしようと考えてましたが、それはまたの機会に。

Today's BGM is
Toots & The Maytals/Funky Kingston
416b4tahp9l_sl500_aa240_ ジャマイカのオーティス・レディングとでも言いましょうか。ソウル・レゲエとでも言いましょうか?アーシーな味わいと言いましょうか?泥臭いとか、土着とか、ダウン・トゥー・アースなんて言葉もいいかもしれません。しかし、この場合レイドバックしたは違うんだと思うんです。うん、書くことないんす。聴いて楽しければそれでいい人たちなんで。僕はこれと『イン・ザ・ダーク』の2in1を持ってます。ドレミファソラシド~♪

| | コメント (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »