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2009年6月28日 - 2009年7月4日の6件の記事

2009年7月 4日 (土)

インフォ・ラウンジLLCの創業二周年記念パーティー

昨日、業務提携で事務所を使用させていただいている、インフォ・ラウンジLLCさんの創業二周年記念パーティーが事務所で開かれました。

僭越ながらシェアコロが司会とBGMと画像関係を担当させていただきました。

今後、画像関係の編集が日常的な業務になっていきますので、スキルアップのいい機会なので、しっかり編集し、プレゼントしたいと思います。

20名以上のゲストが来ていたでしょうか?ナポリタン学会なる企画もありました!

インフォ・ラウンジLLCの社長、肥田野さんと僕はまだ出会って間もないのですが、肥田野さんが皆さんから愛されるキャラであることがよ〜くわかるパーティーでした。

肥田野さんがスピーチで語っていた横浜の素晴らしさの一つてある「新しいものを受け入れる寛容さ」というものをまさに目の当たりにした思いでいっぱいです。

僕もまた新しい出会いがありました。出会った方々との新しい展開も広がっていっています。

このスピード感ある充実した日々に色を添えて下さった肥田野さん、ありがとう。

Today's BGM is
Lee Morgan/Candy
Leemorgan_candy インフォさんにはトランペット吹きが三人もいるんです!すごい。で、事務所には僕が持ち込んでブルーノートのレコが置いてあって、これをかけたら耳のいい俊輔くんが「違う!」と言ってキーの違いを指摘。レコとCDでキーが違うはずも無くプレイヤーのピッチがおかしかったんだけど、ピッチを示す機能がないので耳だけで高い低いとやっていました。ピアノの部分だと判断着かず「トランペットにしてください」ってのがおかしかった。モーガン唯一のワンホーンアルバム。優麗です。愛人に撃ち殺されたリー。モテただろうなと思います。ロックを感じます。

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2009年7月 3日 (金)

現場はウェブの中にもあるんです

なんてことにしたいよね、と話している。

シェアコロは若者支援の現場を捨てたんじゃないんです。

支援の効果を個人ベースではなく全体ベースで考えた場合、僕が一人の若者の家に行き「ねえ、家から出てみようよ」と言って支援施設に連れ出すよりも、ウェブ上で様々な(専門家である必要ははない)人たちが、いろんなことを言えるプラットフォームを作って、10人の若者が支援施設に行った方がいいんだと思うのです。

これは、100人の困難を抱えた若者を支援するよりも、一人の支援者をちゃんと育成し、経済的にもメンタル的にも支援した方が効果は大きいよ、と言われているような、所謂「急がば回れ理論」をシェアコロは採用したんです。

その結果、僕らはウェブサイトに現場を移したわけです。

もう一つ僕らシェアコロは、支援団体の持つ限界性の外に現場を持つ、という意識があります。

当然のことながら外であるウェブにも限界があるわけですが、これにより業界全体の限界が広がればそれでいいと思うのです。

シェアコロがやりたいことの一つには、不特定多数に甘えて課題解決をしていくクラウド・ソーシングがあります。

支援団体の限界性に挑むなんてのは馬鹿げてて、もっといいリソースがクラウド(大衆)にあればそこに飛びついて行けばいいんだと僕らは考えてます。

その際にリソースの最適化を図り、最大限の効果を発揮できる集団として、支援者のマインドを持つシェアコロの存在に意義と価値が生まれると僕は信じていますし、それこそがシェアコロのミッションだと感じています。

絶対に支援者がいなければどうにもならない人や瞬間は沢山あります。

今回の『ハマトリアム・カフェ』は、困難を抱えた若者が情報をITでキャッチした時から、実際の行動に移すまでのブランクを埋める取り組みです。

情報をキャッチしたのに動けないままいる若者がどれだけいるのか?

ここにゆるいセーフティーネットを張るのが『ハマトリアム・カフェ』だと思うのです。

モラトリアム=猶予期間ではなく、助走期間だと考えると、可能な限り加速しといた方が飛距離が出るんじゃないか。

僕の座右の銘は「見る前に跳べ!」ですが、ただ跳ぶのではなく、助走を付けて高く跳べば、空中で着地点を模索でき、見切り発進のリスクをチャンスに変えることができます。

『ハマトリアム・カフェ』では、この加速装置の舞台が横浜であり、装置が大人たち=クラウドなんです。ちなみにネーミングは寸前まで『横浜CrowdCafe』でした。

この自覚を大人が持つことがソーシャル・ソリューションのスイッチだと僕は思います。

今日、朝日新聞の取材を受け、このようなことを語りました。20日前後に記事が出ると思います。お楽しみに!

Today's BGM is
忌野清志郎/Memphis
C0058954_21241817 ロッキンオンが大切なトイレ本になっています。一気に読むのがもったいなくて、トイレがちょうどいい。MG’Sをバックに従えた清志郎。なんてこった!です。このいきさつがまた面白いので是非読んでください。清志郎曰く、MG’Sは同じテンポのビートでもビートの感覚が凄い広く感じられるんだって。タメが効いてんのかな?だから自由に歌えるんだって。う〜ん、この感じは深いなあ。個人的には「石井さん」という曲があり、にんまり。

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2009年7月 2日 (木)

企業内アントレプレナー・シップ

フランチャイズを選択した人にアントレプレナー・シップがあるのか?

フランチャイズは変形した雇用形態の一つか、自分が実際動かないオーナーからしたら投資だろう!?

なんて話を昨日の帰り道でしたことを思い出しました。

翻って。

「アントレプレナーは社長だけなのか?」

という、ちょっと他人事ではない問いに変えて考えてみたいんです。

これは就労感とか、働き方とか、すごく大きな、そして非常に重要な問いになりそうです。

僕は社員に言っています。「あなたたたちはサラリーマンではない、アントレプレナーなんです!」。

或は「サラリーマンみたいなこと言ってんじゃねえよ!(アントレプレナーでしょ)」って。

僕一人がアントレプレナーだとしんどいので「おまえもだよな」って言って責任の分散をしてるんです(笑)

多分、次に雇い入れる社員には、言わないと思います。その人にそこまでの分散させた責任を背負ってもらうつもりはありません。

と、ここがヤバイのではないかと引っ掛かります。

ちょっと給与形態的なものは置いといて、『一人ひとりがアントレプレナー・シップを持っている会社』は素晴らしいと想像できます。

これは『一人ひとりにアントレプレナー・シップを求めている会社』とは似て非なるもので、お仕着せではシップ=精神ではありません。

会社にいるときだけアントレプレナー・シップを発揮されてもねえ、なんです。

僕の経験ではアントレプレナー・シップはオフ・タイムに自然と伸びるアンテナのようなもので、キャッチしたものがオンタイムで意識的に発揮されるものだと思います。

ちょっと深いこと言ったような気がします(笑)

また、オンタイムでも、自分自身を振り返るとアントレプレナー・シップを持った日から、名刺交換の意味が変わりました。

いつか独立することを、本当にする、しないに関わらず意識できるか否かだと思います。

ここでいう独立とは起業ではなく、他人任せにせず自分独りで出来るようになる、という独り立ちの独立です。

僕は苦手なExcelを部下に押し付け続けた結果、独り立ちしたときにボロボロになりました。アントレプレナー・シップが不足していたと反省しました。

こういうアントレプレナー・シップの拡大解釈が非常に重要だと思うし、是非、教育にアントレプレナー・シップをと思うのですが、実際に会社を起こそうと思わない限り、人には教えれないことだとも痛感しています。

僕がこのブログを始める前、起業なんてことをこれっぽっちも考えていなかった頃、僕はアントレプレナーなんちゅう言葉も知りませんでしたし、精神なんかなかったように思います。

いや、少しあった。

話がややこしくなるから、なかったとにしたいが、常に「独りでも立てる」ということを、起業することが前提ではなく、男の大前提として、美学のように持ち続けてはいました。

こういう感覚は男女を問わず多かれ少なかれ持っていると思います。

ここと起業家“的”な精神を垣間見ることでの自分なりのリンク性が、『企業内アントレプレナー・シップ』だと思うのです。

思うのですって、流れで出て来た新しい言葉ですが。流行らせよっと。

【今流行らせようとしている言葉おさらい】

■セミ・クローズド・ネットワーク

■企業内アントレプレナー・シップ

Today’s BGM is
Jesse Davis/ジェシ・デイビスの世界
4106080349スワンプ・ロックの殿堂的アルバム。初めて聴いたときは、なんて20年前なんで正直覚えてないけど、なんて生々しい音楽なんだと思い、一気に引きずり込まれたような気がする。クレイジー・ラブを友人のバンドがカバーしてて、誰!?って訊いたらジェシエドだった。結構聴かない時期は多いんだけど、宝物的にずっと仕舞い続けてるみたいなアルバム。明日、新事務所でパーティーで、BGM探してしてて聴いた。「いいですよね」なんて出会いを期待している。

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2009年6月29日 (月)

リクルート・スーツを着た発達障害の人たち

巣鴨でJRから地下鉄に乗り換えるとこで、ストリート・カラオケを目撃しました。

至って普通のおじさんが普通の声で、気持ち良さそうに歌ってました。巣鴨なだけにお年寄りのアイドルか何かなのでしょうか?

大学の仕事は、小数精鋭な感じで話しやすかったです。ブログ・ブレストで吐き出した話しとはまったく関係ない、【スーツを着た発達障害の人たち】というの話をしました。あれはなんだったんだよ。

「無駄な経験なんてないんだよ。」

誰!?

【スーツを着た発達障害の人たち】は一度ちゃんと話してみたかったし、退職したやり残したシコリでもあったのですっきりしました。

後はNPO法人三鷹文化学習協同ネットワークの藤井さんが、この問題を引き継いでくれるでしょう(笑)

でもね、すごく引っ掛かってしまったことができてしまいました。

それは、高校のキャリアガイダンスの際のエピソードで、高校生が「シェアコロで高校生の採用をしていませんか?」という問いで、新卒高校生を採用する企業側の体力を考えさせられたことと、地続きなのですが。

発達障害のある人を雇用する企業側の意味、メリットは何か?ちなみに障害者の法定雇用率に発達障害者はカウントされません。

これまで僕がして来た仕事は、若者を社会(企業)に押し付けてるだけだったのではないか?なんて考えちゃって。

企業の一員になって今日のような発言をした場合に客席から「だったらそういう人をシェアコロで雇ってやんなよ」と言われるかもしれない…。

それを「いち企業が努力してどうこうなる問題じゃないから、社会の問題にしなきゃいけないんだよ」

と、僕は反論するだろう。でもそれがなんかカッコ悪い。

そういうジレンマが沸き起こり、なんか凹んだ。モチベーションに転化するには、ちと荷が重い。

Today's BGM is
Peter Tosh/Equal Rights
Peter_tosh_equal_rights_cover 昨日、たまたまFMラジオでミシカがゲストで、聴いてたら、このアルバムの「I Am That I Am」をアコギで弾き語ってて、それがめちゃカッコよかったから、オリジナルを聴き直そうと引っ張り出しました。ボブの「レデプシャン・ソング」とかの弾き語り系レゲエの謎が解き明かされた感じがしました。レゲエは裏打ちがなくてもレゲエなんだということが理解できる人と、裏打ち=レゲエと思っている人の耳の構造は違うと思う。トッシュ、声がいい。僕はこのアルバムでのスライ&ロビーがダメ。

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若者に届く言葉、届かない言葉

ここ数カ月休みなく突っ走ってきましたが、ようやく一息。半日休みです。

アコギの弦を張り替えたいなあ、とか職場で聴く用のCDを編集したいなあとか、いろいろあるんですが、エクセル系の管理用のシート作成等の仕事してました。

だめです。ずる休みしてるみたいで。腰がむず痒いんです。電話とか来ると、「バレたか!?」なんて焦っちゃたりして。悪いことしてないんですけど。これなら職場に行った方が良かったか?なんて。

ワーカホリックという言葉ではなく、働き盛りとしておきましょう。

ちょっと僕の中で、テーマになっているのがタイトルのあれ。

『Hamatorium Cafe』で綴る言葉は、すべて若者へと帰結して行くわけですが、タイトルの通り、若者に届く言葉、届かない言葉があり、若者が接していないメディアと、接しているメディアもあるわけで、同じ言葉でも発信者によって響いたり、響かなかったり、男女で違ったり…。

ここのですねえ、戦略会議を開きたいわけですよ社長は。

どうなんでしょうか?

もうジジィなんで、正直わからないですよ。開き直りますね。また、ブログ・ブレストです。突っ走って書いてみたいと思います。

うちには20代職員が2名いますので、連中にヒアリングしながら、企画を練りたい。ひとつだけ確信しているテーマは「ユーザー目線」だと思うのです。

若者と同じ目線から発信していく、このオヤジが…。

ここに無理があるよなあ。

でも、こないだ某大学生たちがフリーペーパーを発行するんで、創刊パーティみたいなのに出席させてもらったんだけど、正直、同じ目線というものの「強み」がどれだけあるのか?なんて疑問をもったのも正直な気持ちで。

なんだろ?単純に若者言葉で書いてあることが「ユーザー目線」ではないと思う。ユーザー目線とは体裁じゃなく「切り口」なんだよな。

仮説として「彼らは知りたがっている」「リアルな言葉を欲している」とする。いや、これは仮説じゃないでしょ、そうじゃない?僕はそうだった。でも新聞にも本の中にも知りたい、聴きたい言葉はなく、それは音楽の中にあった、というのが僕の体験だけど。

報道されない真実みたいな。

放送禁止なんて聞いただけで鳥肌が立って、何が歌われているのか超知りたい!

僕はキャリアガイダンスで「今から言うことは大人は教えてくれませんから、今日僕が教えてあげます。大学なんか出てなくてもいい人生は送れるんです。」なんてことを言ってるんだけど、たいていの大人、特に親は「今どき大学ぐらい出てないとろくな人生が送れない」と言います。

このギャップ。

「ん?」ていう呑み込みの悪さ。ここに「若者に届かない」言葉のヒントがある気がする。

この前も書いたけど、福生のオヤジたち(飯野さんはそのひとり)と話していて、この「ん?」が(あんまり)なかったんで、自分は代理学習が果たせたんだと思う。

この辺なんだよなあ。賛否両論でもいいから、その人の本音が溢れ出ている感じ。それを受け入れるか入れないかのジャッジは倫理委員会がするんじゃんくて若者自身がすればいい。こういうスタンスでバンバン記事をアップしていきたい。

きっとこれは大人も面白いはず!

この辺の魅力を引き出す技術をライターの古チンと話してて。

素直に聞くだけじゃなく、突っ込める技術をインタビュアーが持ってなくてはならなくて、この突っ込みどころが生活根ざした泥臭い感じだったり、ぶっちゃけだったり、お茶目だったり。

突っ込んだら「俺もよくわかんねんだけどさ」的な解答、「ダメじゃん!」みたいなのいいでよね。

なんかそんことがしたい。Kiyoshiro19512009cover

今読んでるロッキンオンの清志郎特集が、そんなダメダメな感じで。渋谷陽一のインタビュアーとしての面白さを改めて知ったわけですが、いいですねえ。今写真見ちゃってがっかりしましたけど(笑)

やっぱり若い女子の前では腹を凹ませてるような似非マッチョな感じはの大人はNGです。等身大に腹が出てる感じで行きましょう、ハマトリアムは。

うん、戦略会議ができそうです。

Today's BGM is
忌野清志郎/KING
King このあとにGODを出してSTARになったんだと思います。Youtubeのこの多摩蘭坂がすごく優しくて、胸を打つ。僕も毎日、ロッキンオンをトイレで読んで、出てくるとこれを弾き語っています。清志郎の暗黒時代の話し、福生ヒッピー時代とか、なんか,他人ごととは思えなくて(笑)一曲目の得意のソウルバラードでやられます。じんわりと死んじまったんだなあと、咀嚼するようにCDを聴き、本を読んでいます。

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2009年6月28日 (日)

ルーティン・ワーク

いやあ、独立して社長になってみてもルーティンなワークというものはあるんですねえ。

この時点で一丁前なカウンセラーであれば、こいつ「C(慣習的領域)」が低いな、と見破れるでしょう。はい、めちゃ低です。

で、ゼロからの会社スタートなんで、染み滲みと感じたわけですけど、ルーティンなワークは、感覚上では初めからルーティンだったけじゃないんですよね。

年間のスケジュール見れば、一発でルーティンはルーティンなんだけど。

はい、隠さずに申し上げれば大嫌いでございます。緊急的に勃発したものを期限までにやっつけてそれで終わりってのが一番仕事としてはいい(笑)

で、今回は、どうルーティン嫌いを克服していこうか、というポジティブなブログにどうもっていけるか、という有言”強制”実行ブログハックなわけです(ネーミング再考の余地あり)。

ルーティンは即ち「繰り返しによる飽き」である。

上達の限界が来ても尚、その仕事が続くとき、ワークはルーティンなワークとなるのだ。

だから、流れて来るショートケーキにイチゴを乗せる作業は10分でルーティン・ワークとなる。

簡単であればあるほどルーティン化は速い。この加速度をどう“ハック的”に食い止めるか、という話であります。

【ご褒美方式】このご褒美方式は、仕事にゲーム感覚を持ち込む点に於いて、ゲーム方式との類似点が多い。例えば、こんなのはどうだろう?

イチゴを百個乗っけた時点で落とした振りしてイチゴを食べる。或は三百個でケーキを破損した振りして食べる。

う〜ん、明日の講演資料が未完成なんで、こんな馬鹿なことを書いてる暇はないのでした。反省。

最後に、書いてて気づいたのは「上達の限界」の客観化が重要な気がします。「出来たつもり」の「つもり」部分の検証と工夫&改善。これは一人では出来ない。常に新たな目標設定をしていき、その先にご褒美を置いておく。

これだな。

Today's BGM is
Paul McCartney/Unplugged (The Official Bootleg)
Unpluggedtheofficalbootleg ポールの深い音楽愛をジュワッと感じれる肩の力の抜けたアルバム。器用な人だから、物真似とかめっちゃ巧いんだろうなと思わせるオールディーズのカバーから、ビートルズ・ナンバーのセルフ・カヴァー。かのクラプトンのアンプラグドでも取り上げられてる「San Francisco Bay Blues」の聴き比べは面白いかも。クラプトンの深い憧憬、ポールのコードという素材感。これ映像あるのかな?観たい!

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