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2009年8月9日 - 2009年8月15日の6件の記事

2009年8月14日 (金)

グッドな兼ね合い

自分とは直接関係のないところにも“兼ね合い”というものがあるわけです。

若い頃は、とかく無視してましたよ、兼ね合いなんて。ツバを吐いたりして。

今思えば、ロックンローラー気取りでしたから、むしろ積極的に、ちょっと無理してでも兼ね合いを無視してましたね。

自分の力だけで生きてるつもりだったんでしょう。若かったんですから。

若いっていうのは、社会を感じるような経験が少ないから視野が狭いんです。好きな女の子しか見えないような。

だから、そんな目の前にいるだけだった女の子から「今度父親に会って欲しい」的なことを言われると、一気に兼ね合いが発生しちゃってパニクるんですね。

結婚なんかしちゃうと、一気に兼ね合いの世界に強引に引きづり込まれちゃって。

こないだまで赤の他人だったおじさんが、急に兼ね合いになり、お見舞いとか行ったりします。

しかし、子供なんかが生まれると、だんだんと兼ね合いが有り難いものになっていくんですね。

なんとなく税金による社会保障を受けている実感も持ちますしね。

なので一見僕とは関係のないようなところの力関係が、急な兼ね合いで僕に影響してくることがあるんですが、まあ、兼ね合いですからね、原則受け入れてます。

いろいろ兼ね合っちゃってるんですね。

あっちを立てたらこっちが立たない的な面倒な兼ね合いばかりでもないので、兼ね合いは受け入れてます。

でも、基本、あんまり兼ね合いたくない性格なので、複雑に兼ね合っちゃうと疲れますよ僕は。

まあ、グッドな兼ね合いをこれからもよろしくです。

兼ね合いって言ってますが、これはゆる〜いセーフティーネットのことなんだと思います。

Today's BGM is
The Blues Brothers/Briefcase Full Of Blues1185439126_briefcase_full_of_blues_
デビュー盤ですね。エルウッドことダンエイクロイドがかっちょいい。これはライブなんですけど、スティーブクロッパーにダックダンを始め鉄壁のバック陣を従え完璧な演奏を繰り広げる。そこにお笑いを絡めたルーズなジェイク・ブルースことジム・ベルーシ。プレイヤーならきっとこのバンドの一員になることを夢見るだろう。選曲も最高!オープニングとラストはオーティスの「お前をはなさない」だけど、エンディングであのフレーズが鳴り出すとなぜか感動が襲う。これもお勧め!

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2009年8月13日 (木)

地域SNSを考えてみた。

職業環境上、インターネットの可能性やら未来について語り合う機会がちらほらあります。

昨日も、安いランチを平らげた後、まだまだ観光客気分の残る僕らは、センター南の街を散策しながら、インターネットの可能性やら未来について語り合いました。

Big‐Oの話を聞いていると、この人の理屈には「人(コミュニケーション)は会わなければダメなんだ」という大前提が、本人も気付かないくらい自然にあって。

できることなら人とあまり会いたくない自分としては、その「会わなければダメ」という大前提にストレスを感じない天真爛漫さがうざかったので、

「君、人はいつまで会わなければ気が済まないのかね」と突っ込まさせてもらいました。

要するに、「会わなきゃ済まない派」と「会いたくない派」がいて。

この二派がインターネットの可能性や未来を語っても、本質的には噛み合わないんだろうと思うのです。

で、「気のおける連中とだけ会いたい」。もっと言えば「気のおける連中を増やしたい」という中間派の連中もいるわけです。

注意)この辺から話が飛んで好き勝手なことをもっともらしく語ってます。

これは集団(コミュニティ)か個人か、という横軸に、ビジネス・コミュニケーションとエンタメ的コミュニケーションという縦軸を入れて、ウェブ上のコミュニケーション・ツールをマッピングして考えるといいのではないかと思います。

このようなマッピングをしてみると、スカイプなんかは相当包括的なコミュニケーション・ツールてあることがよくわかるし、話題のツイッターがど真ん中で幅をきかせつつあることがうかがわれます。

このように、自分たちが議論したいツールがどのエリアにおり、どの方向に進化を遂げたいのか、その時の態度として自分は何派なんだかという態度表明が、このような議論の前にまずあるべきだと思うのです。

ひょっとして、その進化の方向に、例えばmixiがあるなら、進化するよりmixi内にコミュを作れば事足りる話となるわけです。

今、助成金打ち切りとなる、横浜の地域SNS『ハマっち!』の存続議論が、オンラインオフラインでなされているんだけど。

部外者的に覗き見てると、mixi等、他の巨大SNS合流派と、存続派に別れているように思います。前者は基本、どうなったって言い訳だから、このての議論ではあまり発言しないので、圧倒的に後者が多いように見えているけど、本当はどうなのかな、と思います。

この現象は先にあげたマッピングで言えば、縦軸に見解の相違があるように思えてならない。

また、地域SNSというツールのコンセンサスが、まだまだユーザー間、市場に出来上がっていないんだと思います。ここは横軸の部分ですね。

今回の『ハマっち!』存続の議論をする価値は、このコンセンサスを再構築することにあるのではないかと個人的には感じています。

でも実は、「何をどうしたいんだ」という、ある種のエゴをソーシャルなマインドが覆い隠してしまっているところに、この議論の面倒臭さがあるんじゃないかなあ、なんて感じています。

個人的にはコミュニティに収斂するかたちで、存続するのがベストだと思います。

Today's BGM is
The Allman Brothers Band/Hittin' the Note
Abbhtn これはちょっと聴いてみて欲しいなあ。隠れた名盤だと思います。オールマンな訳ですが、ギターがウォーレンヘインズとデレクトラックスのツインギター。これほどギターソロが待ち遠しいアルバムも珍しい。そしてグレッグのボーカルがまたいい!でもってベースもいいんだなあ。個人的にはデレクのバッキングに耳が行きますね。デレクはまだ遠慮しているのか、語彙が少ない感じもしますがデレクです!ウォーレンは我が強いなあ。派手なんですね。その裏で地道にバッキングするデレク。それもいい!お勧めします。

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『ひきこもれ』

毎朝、喉が痛い。風邪のひきかけみたいな状態が続いている。

目を覚ましている間は、風邪を追っ払っていられるけれど、寝てしまうとダメみたい。

吉本隆明の『ひきこもれ』を読んだ。

02年の発売当初、僕はこのてのひきこもり本に対して、活字的鎖国状態だったので、見て見ぬふりをしていた。

タイトルを見て「けしからんなあ」という思いと同時に、自分のしている仕事に対して、漠然とした説明のつかなさが襲いかかってくるような恐怖を感じたことを記憶している。

内容をつべこべ書くことが、この恐怖に近い面倒臭さがある。41zfa0bsrkl_sx230_

まあ、この人はそういうことを無遠慮に突き付け、そのことに自分的なケジメを付けながら生きている人だから、

このような文章に対峙するのは生半可な気分じゃいられないんですね。

何なんでしょうね?

この穏やかな凄みは。

しかし、吉本隆明本人も、この本を書きながら(正解にはインタビュー)、自身の価値観が揺らぐ瞬間を感じたと述べているように、

何か、これまでの価値観では語り切れない“よくわからないこと”が起きているんだと思う。

よくわからない不安なリアリティに対して、吉本隆明自身のひきこもり的感性の共鳴には、僕のような共鳴しない人間は、はっとさせらる部分が多い。

同時に支援者として首を傾げる部分もまた多いのも確か。

僕がぐっと来た言葉のシェア。

………………………

「引っ込み思案は駄目で、社交的なほうがいい」なんて嘘です。

確かに引っ込み思案で暗い人間は、まわりの人にとって欝陶しいでしょう。でもその人の中身は、一人で過ごしている間に豊かになっているかもしれない。

自分の尺度を他人に当てはめ、大きな声でものを言ったり善意の押し売りをするのは愚かなことです。

「正常」の範囲を決めてしまうから、つらくなる。

一般社会と自分を区切らない方がいい。

不登校の人だけでかたまらず、一般社会の中で不登校的な生き方を貫いていくことが大事。

この子たちは存外、自分に対してゆるいというか、自分を許す面で寛大になってしまっているんじゃないかと思いました。

経験を積んでいくことが必要ない職業は存在しません。ある日突然、何ものかになれるということはないということは、知っておいたほうがいい。

自分なりの「世界とのつながり方」をもっていればそれでいい。

その時々の社会を、総体としてのイメージとして自分なりに捉えていないと、とんでもない不意打ちを食らうことがあるぞ、と。

自分がその時代に生まれて経験してきたことを、白紙に戻すようなことをしてはいけない。

Today's BGM is
細野晴臣/クラウン・イヤーズ1974~1977
5975 とは言え、『泰安洋行』と『トロピカル・ダンディー』だけなんですよね、クラウンからは。この二枚のボーナスと、『中華街ライブ』。むしろお目当てはこっちにあるという盤で、お宝DVDのおまけつきって感じでしょうか。まあ、文句なしっす。所謂トロピカル三部作の前二枚ですが、ニューオリンズやレゲエ、エキゾチックに沖縄と、氏曰くチャンキー・サウンド。僕はしばらくこの沖縄が駄目だったけど、氏のマインドを知るうちに氷解したらもう最高のサウンドになった。

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2009年8月12日 (水)

マニフェスト入手

ごくごく平凡に暮らしている自分の手に、インターネット以外でどうやってマニフェストが手に入るのか?

デジタルデバイドの問題も気になるけど、政権交代という政治的一大事に有権者として関わるかもしれない。

その大きな判断材料が平凡な国民である僕にどう届くのか?

少し興味深く待っていた。

それは突然あざみ野駅のホームのベンチに座っていたら、その時がやって来た。

なにやら生命保険のパンフレットらしきものが薄でのビニールに包まれ、隣のシートの上にある。

当然、手を伸ばさない。

なんだろ?

まさかマニフェストだとは思わない。

民主党と書いてある文字を見つけようやく手を伸ばす。

まさか拾うとは…。

と、思うと同時に「やはり民主党か…」と合点がいく思い。

マニフェストが両党から発表され、自民党と民主党のウェブサイトを訪れてみた。

真っ先に目が行く場所に設置された民主党、結局見つからなかった自民党(今思えば−+++とかいうあれがそうだったのか?)。

この差は、如実に勢いだと思った。

攻めの民主党。守りの自民党。

そして僕の手に届いたマニフェストは民主党。

選挙日までに自民党のマニフェストが僕の手に、何らかの形で届くのか?

それとも政治というものは積極的にコミットしない人間を無視するのか?
まあ、マニフェストがすべてじゃないとは思いますが。

皆さんは、もう両党のマニフェストを比べたりしてるんでしょうか?

昨日のニュースで民主党が最終版のマニフェストが出たとか言ってたけど、わけわかんないことしないで欲しい。

選挙に二言はなしでいきましょう。

Today's BGM is
The Beach Boys/Good Vibrations
B_beachboysbox夏ですね。ビーチボーイズですね。今日は、こいつをシャッフルして一日中職場で聴いていました。キャリアが長いのにシャッフルが嫌じゃない。いや、むしろ新鮮なんですね。このボックスは、マニア向けの音源も多数収録なんで、ファンじゃなかった人たちごめんなさいなんですが、やっぱ初期の名曲がかかると、誘われますねえ。就労意欲、そがれますねえ。行きたいな海。

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2009年8月11日 (火)

家族的範囲設定〜「行ってらっしゃい」が言えない〜

毎朝、通勤で片道20分歩く。これを四年近く。

なんとなく健康的であることを依り所に頑張って歩き続けてきたが、体調(体型)管理は、食事だということを痛感する今日このごろ。

歩く依り所を失ったボクチンはもっぱらチャリです。

で、駅前の有料自転車置場を利用するわけですが、ここである変化が自分の中での“気になり”になってます。

まあ、指定管理なんでしょう。おじいちゃんおばあちゃんたちが運営してるんです。

チャリで置場に入ると「こっちこっち」と手招きされて、100円払います。その後に「はい、いってらっしゃい!」と送り出される。

この「はい、いってらっしゃい!」の不意打ちを食らっても、「…」声が喉に張り付いて出ないんです。

不意打ちと書きましたが、挨拶されることが不意打ちになってるという社会を痛感しました。

ちなみに僕は団地住まいですが、団地では基本誰彼となく挨拶しています。しかし、団地から駐車場に行く間にすれ違う人に挨拶することはありません。

これを考えると、ボクチンは家族的な範囲が相当狭いと言えます。

二回目以降、不意打ちじゃなくなるわけですが、どうも照れ臭くて「行ってきます」がなかなか言えない。

このことをかなり意識して、ようやく「行ってきます」が言えるようになってきたボクチン。

きっとボクチンのように「行ってきます」が言えない人はたくさんいるわけで。

それにもめげずに「行ってらっしゃい」を言い続けるいおじいちゃんおばあちゃんたちがいる。

彼らからすると、ある意味の接客なんだろうけど、そこには真心があって。感覚的には相当な範囲が「家族」なんだろうなあ、と思う。

これを書きながら徐々に感じはじめたことだけど、「家族的範囲設定」の許容範囲が、格段に違うんだなと思うんですよね。

ちょっとここは、地域SNSなんかの議論にも通用しそうな切り口なんで、咀嚼できたらまた書きたいと思います。

彼らからしたらボクチンなんか「クソガキ」ですよ。そんなボクチンに「行ってらっしゃいませ」何て言う先輩もいる。

あ、いいなあ「先輩」。これからは心の中で先輩と呼ぼう。

「行ってきます!」

最近は、ちゃんと言えるようになりました。

終電なんかで帰れば、当然、先輩たちはいないんだけど、「ただいま」なフィーリングがほっこりと顔を出すんですよね。

終戦記念日的なことに一切触れずに来たので軽く思いを馳せると、行った人間が帰ってくるのか、とても怪しい事態が戦争です。

そういう事態の中での「行ってらっしゃい」と「ただいま」の意味ということも考えました。

リスペクトです、先輩!

Today's BGM is
Leon Russell/Leon Russell & The Shelter People
6117 またこれかよって感じですが好きなんで。聴いてたんで。書きたいんで…。レオンのピアノが聴きたいならファーストとかこの後の方が良かったりしますが、アルバム全体としてはこれだなあ。マッドドッグと一緒に楽しめるとなおいいけど。ディランが好きなのねえ。バングラディシュの映像観たい!(求む!)

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2009年8月10日 (月)

幸福を産む苦しみ

どうも。前回のポエジィな感じはシャブのせいではありませんf^_^;

世の中、幸福から幸福が産まれることもあるかとは思いますが、断然、痛みや苦しみから産まれることの方が多いように思います。

他人と働く、ということはまさにこのようなことの連続だと思います。って唐突でしょうか?(苦笑)

子供の頃から、集団行動が苦手というより嫌いだった僕は、他人の顔色を伺いながら自らの行動を決定することが苦痛でしょうがなかったです。

こういうフィーリングを背景に、誰の目も気にしない我が道を行くロケンローラーたちに憧れていったんだと思います。

しかし、社会に放り出されて、自分一人でできることがいかに少ないか。また、一人でやり切っても味も素っ気もないことを身を持ってしるわけです。

そうなると誰かに助けを求めることが急にポジティブな行動になっていくわけですが、ガキの頃からの気質ってのは残っているもんで、ついつい億劫で一人仕事をはじめてしまい…。

幸い自爆なんてことはないわけですが、なんだったんだろ的なほろ苦い残滓が机の回りに転がっていると…。

でもって他人とやったミラクル感。よく言う「自分一人では決してできなかったです」的なあれ。

あれを知らないと、この億劫さを期待感にはかえれない、或いは上回れないと思うんです。相当エネルギーを使いますからね(この辺は若者支援の本質にも繋がる話ですね)。

特に自分の場合、ここへの期待感をどこまで高められるかと、僕の理解者がプロジェクト内外にどれだけいるのかという、ホントにヨワッチイ環境設定が必要で。

で、最近プロジェクト内に理解者がいないケースが多く、また、外の連中には説明するのがしんどいほど複雑になっちゃって、結局溜め込むという悪循環にありました。

こりゃあいかん。

ということで、外部理解者を機能させるという一番手っ取り早いことから着手。

とにかく自分が今何をしていて、どうしたいのかを説明するだけ。

特に何に不満があって、なんで不満を感じるのかを話すことに、様々な解決の糸口を見出だしているような気がします。これは効果あるなあ。

愚痴や弱音を吐かない的なマッチョな信条にも憧れますが、僕は建設的にしんどさをシェアしていく方がいいと思うのです。バーンアウトとかあるし、こういうことを組織的にできてかないとね。

Today's BGM is
Free Soul×3
41vvyga670l まあ、この辺を三枚ぐらいまとめてシャッフルにして聴いています。はじめ、やっぱ気持ち良く出来ているので、う~んとか唸るんですが、飽きてしまいましたねえ。変えるのが億劫でかかり続けているような。貴重なレアグルーブが、DJ垂涎の必殺盤が垂れ流しですよ。消費者というのはホント贅沢ですねえ。

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