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2009年9月6日 - 2009年9月12日の6件の記事

2009年9月12日 (土)

若者支援にチンゲンサイを!

オトナはほうれん草しないと怒られます。特にいきなり「ほう」したりすると、ことによってはもう大変です。

我社にも知らない若造がいたので、念のためほうれん草を説明しておくと、報告、連絡、相談の頭文字をとって、ほうれんそうです。

実は僕、報告と連絡の区別を上手に説明できません(苦笑)

終わったものが報告。途中経過が連絡でしょうか?あ、後で自分で調べますよ。え、調べてから書け。ごもっともで。

いやいや、書きたいのはほうれん草ではなく、チンゲンサイ。

これ、多分数年前にもこのブログに書いた気がするんですが、残念ながら流行らなかったし、自分自身忘れてた。

今度こそマジで流行らせたい。なんなら名刺に入れるか、ぐらいな気持ちですよ。

さて、チンゲンサイ。

チンと、ゲンキよく、サイゴまで!!

若者支援に勤しむ仲間たちよ、ほうれん草はいいから、しっかりチンゲンサイさせましょう。

チンゲンサイができないのに、ほうれん草でかるわけないじゃん。

ほうをチンされても、れんもそうもなしにゲンにサイされたって、俺の立場的にオッケー出せるわけないじゃん。

みたいな。

「俺そろそろここを出て独り暮らしをするよ!」

「ノォ〜ッ!!おまえチンゲンサイもろくにできてないのに独り暮らしできるわけないよ、ダメェ〜ッ」

という感じが現場感溢れる使用例でしょうか。

そのほかに、利用開始間もない若者には、コマツナというのを胸に刻ませましょう。

コマッたときは、スタフに、相談し

「……」(うじうじ独りで悩む若者)

<後からそっと肩を叩く>

「忘れてるぞ、コ・マ・ツ・ナ」

次回は「ベニショウガ」です。

ちゃお。

Today's BGM is
忌野清志郎/夢助
Yumesukekabegamithumb ラスト・アルバムは青山ロックンロールショウなのでしょうか?このアルバムの密着取材を観たら聴かずにいられなくなりゲット。クロッパーを起用した名盤『メンフィス』の手口です。聴いていて寂しくなります。レコーディング後のNHKの「SONGS」での復活ライブの方が全然声が出ているんですよ。それはボーカリスト清志郎が一番実感していたことだろうな、とか。不甲斐なさみたいなのを感じながら、それでも最後のレコーディングを夢の地で敢行したんだろうな。僕らは彼らのこなれた演奏よりロッ研の方が好きだな。清志郎の残してくれた歌を、通勤途中に口遊んでいたりします。自分の中で清志郎の存在がこんなにも大きな物だとは…。

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2009年9月11日 (金)

在宅ワークについてディスカッションする

昨日は、行政関係者及び企業関係者が集まり、在宅ワークがニート、ひきこもりの自立にマッチングが可能なのか、というディスカッション行いました。

まず、在宅ワークと内職は違うし、SOHOと呼ばれるものもまた違うということを知りました。以下、聞きかじり程度の知識になりますが。

在宅ワークは、通信機器、すなわちパソコンを使った自宅での仕事を指し、データ入力が主流。特徴は、誰にも会わずに済むこと。これがメリットらしい。定義の一つには、小遣い程度の収入であること。みたい。

内職は、自宅で箱を作ったり、昔ながらのイメージのものです。割と人との接点あり。

SOHOは、完全にその仕事で自立できている状態があり、在宅ワークの小遣い程度、Wワークとの違いになるようです。

実は、これまで何度かこのような話に立ち会ってきてて、一度はそのシステムを見学に行き、導入までを担当したこともあります(これはうまく行きませんでした)。

ディスカッションでは、いろいろとネガティブなご指摘もさせていただきましたが、僕の個人的な考えとしては、自立していく過程での、一つのステージ、選択肢として捉えるなら賛成です。

ただ、扶養状態にある彼らの保護者、或は彼らを支援している人たちが、在宅ワークという選択を、自立の妨げとして捉えないかという危惧があるし、ワーキングプアを生むだけの取り組みではないかと、捉えられる危惧があります。

それを踏まえ、昨日も在宅ワークの次のステージをどう見せていくか、という議論になりました。

インターネットの普及に伴う働き方が多様化するなかで、在宅ワークというものが、どこまで就労形態の一つとして、今後受け入れられていくのでしょうか?

まずは、在宅ワークというネーミングから変えるべきという意見に非常に同感。

また、業務委託という無法地帯をメリットとしていけるのか、デメリットになってしまうのか?

この紙一重感をワーカーの力量に委ねている点が1番の不安材料だと思いますね。

とはいえ、新たな可能性を秘めた議論は楽しい。企業の方々も、僕より少し若い世代の社長さんで、なんとも発想がフレッシュ。

また、自分の経験が存分に活かしていただけるという喜びは、なにものにも変えがたい。ということを強く感じれたディスカッションでした。

企業ニーズと支援団体ニーズ、そして当時者である若者のニーズのマッチング。現在手掛けているハマトリアム・カフェはまさにそのような機能を果たすべきだと思いました。

Today's BGM is
Robert Johnson}/The Complete Recordings
Johnson_complete これが発売された時は、こいつがあいつか!みたいにたまげたもんだった。悪魔を見たような、遠い昔に離れ離れになった家族に会ったような、なんとも不思議な感覚が襲ったことをよく覚えている。指が長い。帽子にスーツ、洒落ている。クロスロードでブルースに魂を売った男。このCDは曲の並びが大嫌いだ。オリジナルアルバム順と、レア・テイクに分けて収録するべきだと思う。職場で聴いたら気にならなった。蓄音機から聴こえてるようで、のどかな気分。こういう聴き方もありだったのか。

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2009年9月10日 (木)

エコキャップ運動 子供たちの限界が広げる地域の輪

昨日は、週末に野島青少年研修センターで行われるイベントの打ち合わせをしてきました。

同席していた、エコキャップリサイクルを事業化している方のお話が、ちょっと目からウロコだったのでシェアしたいと思います。

ペットボトルのキャップを集めるエコキャップ運動というのは、皆さんもご存知だと思いますし、知らなくても簡単に想像がつくと思います。

がしか〜し!

ヘエ〜と唸ってしまうような物語が、子供たちの収集能力のの限界のおかげで生まれているんですよ。

ちなみに、キャップは1キロ10円、ポリオワクチンが1人分(?)20円。学校で何人分のワクチンを買うぞ!と決まれば、キャップの数も計算できる。

仮に8万個を目標にしましょう。よし、頑張って集めよう、となるわけです。

子供たちはまず、両親や兄弟など家族に「捨てないでね」と協力を要請します。

数日後、みんなで学校に持ち寄ったキャップの数を見て、子供たちは愕然とするわけですよ。

全然足りないじゃん、と。

さあ、困った子供たちが次にお願いするのは、おじいさんや、おばあさん、親戚のおじさん、おばさん。

でもやっぱ足んないよ〜ってことになるわけですが、子供たちは次に誰に頼むのか?

ここがポイントなんですよ。

子供たちは地域に出ていくんですねえ。働きバチみたいで可愛いいなあ。

例えば、商店街や町内会。ここを指南し、切り込みを作る大人の役割も大きいですね。

「体験的な学びを地域が子供たちに保証できるか?」というのは非常に大きな問題だと。

都市ではその保証がないからビオトープなんかが必要だと。

体験的に学んでいない子供たちは、知識・理解度は高いが、応用・活用性が低い。体験的に学んだだ子供たちは、応用・活用性が高いんだとさ。納得。

そして、大人たちは子供たちの頼みとあっては断らないどころか、非常に積極的に協力してくれるんだと。

ここもポイントだなあ。

ここにコミュニティ復活の鍵が隠されているように思いませんか?

こんなエピソードも聞きました。

子供たちが老人ホームにキャップ集めのお願いに行ったら、はじめはどうやって接したらいいかわからなかった子供たちが、エコキャップというツールを使ってコミュニケーションが取れるようになっていったと。

自然や環境の話を聞く機会が多いこの頃、目的ばかりに目が行きますが、実は、目的から派生している副産物に本質があることが実に多い気がします。

だから、ストイックに目的、目標を目指すより、そこから派生する副産物を不純に楽しむくらいが、どうやら環境問題に取り組む秘訣らしいな、と思うんです。

また、こういう楽しみに味を占めたオヤジたちのイキイキしてることったらないですよ。いつも圧倒されてます。

では、13日。野島でお会いしましょう。

ちなみにこちらが前回のご報告。

Today's BGM is
高田漣/RT
51q9p7kpvql_sl500_aa240_ 僕は、ハナレグミやアン・サリーのバック、或いは高田渡の息子、あの名盤『27/03/03』などが先に来ています。大変信頼の於けるミュージシャンという印象。きっといい人なんだろうなあと、音と性格がリンクしてしまう希有なミュージシャンです。日本の音楽シーンで楽器で頭角を現せる人は、そうざらにはおりません。非常に優れた家具のようなアルバム。鈴木惣一朗のミニマムな世界から飛び出したアルバムを期待したい。

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2009年9月 9日 (水)

マインドの共有が瞬発力(瞬間発想力)を生む

ウェブサイトを制作していると、デザインやレイアウトのこと、動き出したものを止めないための次の一手など、どうしても未来のために躍起になってしまい、肝心の中身について立ち止まって話す機会を持つことがけっこう難しいんですf^_^;

このところ、このブログによく出てくる、PDCAのCですね。ちなみにこれは、

P:プラン(計画)

D:ドゥ(実行)

C::チェック(評価)

A:アクト(改善)

の頭文字です。Aをアクションだと思っている人いませんでしたか?え!?僕?はい。DとAはあんまり変わらないなあ、なんて…(恥)。

行き当たりばったりに仕事をせず、仕事をやりっ放しにしないで、しっかり経験値として蓄積したり、改善しながらいいものを作っていくためのサイクルです。組織、個人のスキルを上げていくにはPDPD…の繰り返しだけでは効率的ではないし、一人よがりになってしまいます。

週あたまに、ライターの会議をやりました。大きく分けて二つの目的があって。ひとつめは、句読点の打ち方や漢字の使い方、(  )の使い方。年齢性別や時間や曜日の表記方法の統一など、文章作成上のルールの確認。

記者ハンドブックなるものもありますが、サイトの企画意図や編集方針なんかを考え、独自のガイドラインが必要になります。

ちなみにハマトリアム・カフェの編集方針は、「優しくわかりやすくイマドキ」です。

ここをOJTでやって来ちゃったから、結構好みのぶつかり合いみたいなことになってストレスありました。

けど、今日でスッキリです。

まあ、こういうのはルールを作っちゃえばいいわけですが、やっぱ一朝一夕にできないのが、もうひとつの核、マインドの共有化です。

僕らの場合は、若年者問題に対する共通の課題認識を持つことがこれですね。

まあ呑もうぜ的な感じの話しですが、オフィシャルに、アン・オフィシャルに、じっくり固めていきたいところです。

ここが固まるだけで、どちらに進むべきかという、現場での瞬間的な判断がある程度、可能になります。瞬発力が発揮され、インタビューにリズムが出ると思いますす。

瞬発力=瞬間発想力だって思うんですよ、僕はスポーツマンじゃないから。取材って相当編集きいちゃうけど、ライブじゃないですか(こないだのヒルサイドはまさにライブでした)。

終わってから、あぁ、なんでこういう質問しなかったんだ俺、とならないためにもマインドの共有が重要なんです。

ライターとして奮闘中のBig‐O(彼の記事はこれ)は、ここ数年僕と同じ釜の飯を食った仲なので、相当な範囲で共有化できていると思うんですが、このマインド、想いをいかに記事の切り口にしていけるかは、また別スキル。非常に難しい。ですが、やりがいはあります!

シェアするココロ。スタッフ一同奮闘してます。必死こいて磨いています。ピッカピカにしたいと思ってますんで、みなさん更なるご指導ご鞭撻よろしくです。

Today's BGM is
RCサクセション/HARD FORK
Hardfork 初期のRCの二枚及びシングルからベスト盤。どうやら自分が高校生ぐらいにやたら聴いていたのはこの盤のようであることがわかった。嬉しい。「メッセージ」という曲をうろ覚えで風呂場なんかで歌い続けてて、そうとう独自解釈になっていたことが判明。それにしても嬉しいアルバムをゲットだ。しばらく聴き続けるだろう。りんこさんのウッドベースがこんなに太く鳴っていたとは。

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2009年9月 7日 (月)

ツイッターをネクスト・ステージへ上げる

メガネ君やメガネさんたちは眼鏡拭きのあの布を洗っているんだろうか?

毎日汚れを取ってるのに、あの眼鏡拭きってヤツはいつもキレイな気がする。

何年か使うと、拭いたら逆に汚くなる日が来るのかな?

まあ、どうでもいいや。

でも、洗っても今よりキレイに拭けるってもんでもないだろうなあ。

ホントどうでもいいや。

週末、自分の中の衝撃体験以降、いっこうに進化と変化のないツイッターに変化をもたらそうと、自分がリスペクトしている方がフォローしている三百人くらいを片っ端からフォローしてみることにしてみました。

ついでに自分のアイコンもジョジョ顔から、ポートレイト?へ変更。

さらについでに背景のデザインも変更。ウッドストック・フェスのタワーに登る若者たちにしてみました。

これもある意味、新しいサービスに対して愛着を持たせるというハックだと思います。

そうこうしてみると、あっという間に僕をフォローしていた数が6人くらいから70人以上に跳ね上がってて。

てことは、僕の呟きはこの70人にシェアされるわけだ。俄然、呟きがいが増すわけです。

で、ユースワーカー研究会で久しぶりにお会いした藤井マサルさんとツイッターの驚異について語り合うと、ホリエモンの呟きを10万人がフォローしている、オバマ大統領に至っては、今調べたら、2,127,965人なんて。

なるほど、こういうことか。

すべてに首を突っ込むわけにもいきませんが、何事も首をしっかり突っ込まないとわからないものですね。

すでに多くの試みがツイッター上で行われているようですので、遊びながら情報収集し、事業に取り入れていきたいですね。

ちなみに僕のツイッターです。

Today's BGM is
奥田民生/股旅
1198040847 なんだかんだ、民生っちのアルバムで好きなのはこれ。実際はシャッフルしてますが。民生っちはギター愛に溢れている。でもって音楽愛にも溢れている。故にサウンドがいいのだ。特にギター。このこだわりが気持ちいい。キーボードもビンテージな音がしているし、こういうのが聴いてて「うんうん」という納得感に繋がる。でもって声と歌詞が好き。

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2009年9月 6日 (日)

個人的ユースワーカー像

久しぶりに暇を味わいながら、iPodの保証書探し。結局見つからず…。

昨日のユースワーカー研究会は、なんかこれまでと違った趣でしたよ、これなかったメンバーの皆さん。時間がなくて昼飯食べそびれてビックマック買ってったけど、出せる雰囲気じゃなかったので食べれなかったし。

京都から所用で東京にお越し中の(財)京都市ユースサービス協会の水野篤夫さんのネームバリューでいろんなジャンルの方が15名ぐらい集まっていました。凄い!

僕が感じている「ユースワーカー」という言葉の響きは、非常に包括的な懐の深いものを感じているんです。そこが気に入りなところなんですよ。

例えば、ユース・アドバイザーやユース・コーディネーター、パーソナル・アドバイザーやキャリア・メンターなどなどありますが、一番大きな括りで、一般の人たちに説明しやすい言葉がユースワーカーなんじゃないかと、何の政治的背景も主張もなしに僕は思っています(笑)

これは直感なんです。

「ユースワーカーってなに?」

「うん、若者に関わる仕事してる人たちのこと」

僕はこれでいいじゃないか派だったんですが、そうは問屋が卸さないみたいです。

やっぱり差別と区別をしないと通らないことがいろいろあるらしく。例えば「ソーシャルワーカーとの違いはなに?」なんて言われたり、「それは◯◯があるんだからいらないんじゃない?」なんて身も蓋もないことを言われる度に、「ユースワーク(カー)」について、自然に定義付けと差別化せざる得なくなっていく。

縦割りを批判しつつ、こういう業界でも縦割らないとうまくいかないんじゃん、とか思いながら大人の事情を察しましょう。

そうやって縦割っていくと、ユースワークはどうやら教育に特化していくしか抜け道がないようです。何を抜けるかというと大人の事情だと思います。

う〜ん、僕がその言葉の響きから膨らんだイメージと、実際のものはちょっと違ったな。でもそれはそれでいいや、というどうも曖昧なスタンスで落ち着いています。これは水野さんのゆるいキャラがそうさせている部分だと思いますが(笑)

でも、僕がユースワーカーを名乗った時に「ってこは◯◯なんだ」と細かく言われる方向にことが動くのはちょっと嫌だなあ、と思います。

ちなみに僕の持論は、先ほども書きましたが、若者に関わっていればそれはユースワーカーであり、もっと言えば若者をなんとかしたいというマインドがあればユースワーカーである、それでいいんじゃないかと考えています。ですから、おばちゃんたちがママチャリに「パトロール中」のあれのように「若者応援中」でいいと思うんです。

でもってちゃんと自分の持論に整合性を持たせるならば、(財)京都市ユースサービス協会が仰ってる「ボランティアレベルのワーカー」の下に「マインドレベルのワーカー」が沢山いればいいと。ここに僕の仕事を集中させたいぐらいに思います。

そこからちゃんと養成講座を受けたボランティア・レベルのワーカーがいて、収入を得られる専門職としてワーカーがいる。そういう風に考えたい。他のネーミングのものは、どうも専門職にこだわり過ぎて、そこに利権を感じさせるんで、そうじゃないところでゆる〜く若者を見守る目を育成をする所から始まるようなもの、これこそが日本版のユースワークなんじゃなかろうかと思う次第です。

あ、なんかまとまっちゃたな。そうそう、こういうことなんです(笑)

なんかすっきり。でも、別口でユースワーカーなんとかとか、いっぱいあるんですよね。ま、ひとつ仲良くやりましょう。ワン・ラブです。

と、書きましたが今度ユースアドバイザーの講師としてキャリア支援について講義することになります(笑)

Today's BGM is
佐野元春/No Damage 1&2
May12687 久しぶりに、2から聴き始めたら1まで聴きたくなりました。なんだろうなあこのイノセントな人はあ、しょうがねえなあ、とか思いながらも涙が出そうになる瞬間が僕の中にこの人の体験がある。十代の僕の価値観を決めたのはすべてこの人のことばだったのかしれない。それは20代、30代と確実に僕のベースにはあった。この人のいう「瓦礫」という言葉のイメージにいろんなものがシンクロしてくる。40代の自分にも響いていることを今日実感した。

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