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2010年1月の12件の記事

2010年1月28日 (木)

ネットワークの難しさについて考える その2

この間は、少しネットワークについてネガティブなことを書いてしまったので、少しポジティブな話を書こう。

僕らの若年者就労支援業界の現場の方々が集まると、何らかのアイスブレイクがあると、ふっと言葉を超えた繋がれる感覚があるんです。

僕は、わりとブレイクできない質なんですが、あれはなんかほっとしますね。

それは、教育の現場に行った時もたまにあって、「おっしゃる通り」と共感することの方が多い。

見ず知らずの方々が、同じ課題、悩みを抱え、同じ希望を持ちながら仕事してんだなと、ホントに救われる。

あ、↑今書いたここだな、と思うのです。

入口と出口はだいたい一緒なんだと。つまり、大変な状況の人を見たらなんとかしてあげたいと思い、この人が社会に出て自分の人生を歩んで欲しいなと当たり前なことをみんな思うんだ。

ここ。大枠は一緒でフワッと繋がれる部分なんです。

これがひと度、ケース・カンファレンス的(個人への対応=入口出口で言えばの中)になってくると、良い方にも悪い方にも、大分様相が変わってきます。まあ、こういう機会を持てる支援者は正直少ないと思いますが。

要するに手法や理念なんかの話に入ると、「そんなもんほっときゃいいのになあ」とか、「それくらいの融通は効かせてあげなきゃ」とか、「あんたは保護者かよ」とか、いろいろ〜な突っ込みが出て来るわけですよ。だいたい僕が思うことはこんなことです(笑)

「あぁ、この人の施設は一度見に行かなきゃな」とかも思いますが、注意したいのは「あぁ、この人のところにはリファーしたくないなあ」とかの方。

この考えが駄目なんですね。この時点で思考が停止し、可能性を失っています。

昨日のタイトルで実は言いたかったのはこれ(やっと辿り着けた〜)。

Q:ネットワークは理念を超えられるのか?

A:顔見知りにはなるけど、やはり超えるのは難しそう。

Q:超える必要があるのでしょうか?

A:ないのでは?

ネットワークを広げるには、超えるのではなく、異質な理念を自らの幅や多用性として受容していかないと駄目だと思います。

その際の感覚として重要なのはスペシャリスト的なものではなくジェネラリスト的な感覚だと思います。

そして利己的ではなく利他的に考えること。

まずは机上の議論から離れ、リソース開拓を足を使ってするべきではないか?

自分の施設の利用者に紹介できる運営がなされているのか、自分の目で確かめるべきだと思う。

ハマトリアム・カフェで取り上げたコラムがあります。B8e2bdace0859dbdf074745a4ec5043a

これ、ちょっと舞台裏を明かすと、NPO法人ユースポート横濱が運営する通所型支援施設「よこはまサポートステーション」のスタッフの岡本さんが、NPO法人ヒューマンフェローシップの運営する宿泊型支援施設である若者自立塾を見学に行った際に出した、お礼状のような感想を記したメールだったんです。

僕もCCに入れてもらっていて、その文章をワクワクしながら読みはじめ、終わった時にはハマトリアム・カフェへの掲載を企画してました。

岡本さんの素直で忌憚のない感想に触れ、こういうことが本当に大事だよなあと思いました。

きっと岡本さんが、ワールドカフェでいうところの旅人になり、自立塾についてサポステ・スタッフに語ることでしょう。

このことで岡本さん、いや、ユースポート横濱に足を運んだ若者の可能性の幅が、きっと少し広がったと思います。

こういうことの繰り返し何だと思います。どこかに集めて「ネットワークを作ろう!」ではダメなんです。

Today's BGM is
Galactic/ya-ka-may
Galactic_yakamay_albumcover 萩原健太のブログで紹介されててすごく気になっていたら職場にあった。新し物好きのBig-Oが持ってた、さすがである。できる男になったものである。アラン・トゥーサンだと!でも、ニューオリンズというイメージをどう捉えているかが問われるアルバムのような気がする。僕は正直面食らって今聴いているよ。Dr.John、Metersですからね僕のは。少しずつ聴き込んで点を線で結んでいくと面白いかも。

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2010年1月26日 (火)

ネットワークの難しさについて考える

今、内閣府の『子ども・若者支援推進法』が、ネットワーク在りきでできているせいか、ネットワークの必要性がいろんなところで言われてます。

ていうかず〜っと前から言われてるんだけど、行政の縦割りや政治しかり、派閥はできるが理想郷のようにはどうもならないみたいです。この機会でなるのかな?

特にネットワーキングが困難だと感じるのは、団体の規模公民に関わらず、以下の三つのタイプの団体だと僕は思います(多少の偏向もあると思います)。

1.他人の力を借りるという発想がないオールマイティ型(別名:お山の大将型⇒ワンストップを標榜する際に実は陥りやすい)

2.他人がいるということを知らない無知型(別名:組織的学習障害型⇒小さなカリスマ理事長がいたりする)

3.自分のところの理念を頑なに貫き通したい正解はこの世にひとつ型(別名:神様型)

これらがネットワーク形成を阻害しているんだと思います。

1と3は、他人の力量を評価していない点で共通していますが、力量を評価する基準がないのも問題なのかもしれませんね。

非常にデリケートな問題ですが、ネットワーク形成の際にはクリアーしていかなければならない問題かもしれませんね。

例えば、現場スタッフの平均勤続年数を公表するとか、スタッフ研修や育成プログラム、保有資格を公表するとか。要するに透明性を確保している団体にはリファーしやすいと。

ちなみに僕はネットワークで解決する問題は実はそう多くはないのかも、なんて感じてます。

誰かと誰かが仲良くなったからってそう簡単にマッチングは図れないですからね。

ただ、その確率をあげる努力はしようよ、という意味で僕はネットワーキング推進派「シェアするココロ」です。

でもってネットワークができていても(言い換えれば会合にちゃんと出ていて)もですよ、自分のとこでやることやったけど結果が出ない、やることやっちゃったら危険そうだ、という若者を自団体で引っ張り続けてて(事故はこういう時に起こる)、しかもネットワーク内に、より相応しいリソースを持つ支援団体がいながらリファーをしないのは、上記1〜3の場合だと思います。

また、1〜3は要素として併せ持つ場合が多いようにも思います。

しかしまた、1と3は多少なりとも持ってないと気概というか、踏ん張りのきかない、たらい回し拠点に成り兼ねません。地域若者サポートステーションの拡充等、業界の成熟に見合わないインフラが行われる過渡期に出現しやすいので注意が必要だと思います。いかに過渡期を短縮させるか!

踏ん張っていいのか、駄目なのかを見立てるのがスタッフの力量であり、ネットワーキングが業界全体の踏ん張り力を上げるわけですが、今回の内閣府の政策でネットワーキングが進むのでしょうか。

しましょう、しましょう、じゃ駄目なんだということに気付き、メスを入れる時期なのではないでしょうか?

昔、このブログに書いたワンダーウォール・プロジェクトは一つのきっかけになりえると未だに思っていますよ僕は(笑)

Today's BGM is
Ben Harper & The Innocent Criminals/Lifeline
Benharperandtheinnocentcriminalslif この人に何を求めているのか多少評価が変わりそうだが、このアルバムは本当にいいなあと思う。音楽しているっていう、生っぽい演奏している感じが凄いリアルに伝わってくる。録音がいいのかなあ。確かツアー中にフランスかなんかで一発録りしたとか。バンドとしての一体感を押させたドキュメンタリー的な臨場感があるのかな。スライドが控えめになっていくのにはデレク・トラックスの登場とかがあり、ボーカルに力が入っているのかなとか深読みする。ルーツ好きにはお勧めです。

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2010年1月24日 (日)

足立区でまた学力テストで不正発覚に思う〜ジェネラリスト・ケースワーカーが役に立つのか!?〜。

足立区でまた学力テストで不正発覚です。このニュースの日、たまたま教育委員会の仕事でなんかバタバタしているなと思っていたら、北千住の居酒屋で呑んでいる時にこのオチを知りました。みんなシカトなのか、苦虫を噛み潰して酒を煽ったのかはその場のムードからは読めませんでした。

直接のつながりではありませんが、その時こんなことを話しました。

横浜市の生活保護者の対応をしているケースワーカーは、ケースワーカーとして入職したらずっとケースワーカーという専門職採用(スペシャリスト)ですが、足立区のケースワーカーは配属されて数年経つと他の部署に配属される一般職採用(ジェネラリスト?)なんです。

こないだまで福祉事務所でケースワーカーしていた方が年度が変わると普通に役所内でデスクワークをしています。このパターンはまだ通用する部分が多いと想像出来ますが、その逆、この前までデスクワークしていた方がチャリンコ乗って、現場の第一線でケースワーク。通用するのか心配ですよね…。

そのような方々が、相当な困難を抱えた100世帯近くを担当を任されるわけです。ジェネラリストに務まるでしょうか?

ご存じの方も多いと思いますが、足立区は東京で一番生活保護者が多い地区です。私も関わりを強く持って仕事をしていた時期があり、新人ケースーワーカーの新人研修のひとコマで講師もしましたが、正直、福祉になんの志も無く、配属されるケースワーカーが素人なのは当然のことです。

また志を注入する仕組みというかなんというか、そういうものがなんにもないまま、次の配属先への期待感を拠り所に行うケースワークってものがなんぼのものか…。

家庭の経済状況と教育の関係が明らかになってきています。経済格差が教育格差になっていると。

僕は足立区が都内の学力テストで最下位である理由の要因に、生活保護世帯の存在、そして「現在生活保護を受けている・受けていないに関わらず、生活保護を必要とする状態にあるもの」のである要保護世帯の存在があると思います。

ジェネラリスト・ケースワーカーに生活保護世帯を任せ、「学力テストの汚名挽回」だけを教師に煽っていたら、このような不正が起こるのは、ある意味当然だと思うのです。

僕は、一般職を専門職にすることのコスト等、ちょっと判り兼ねる部分も多く、多少無責任かもしれませんが、まず区長が今するべきことは、学力テスト最下位脱出よりも、ケースワーカーの専門職化し、ケースワークに魂と技術の注入をして欲しいと強く希望します。

現状ではいくら対策を打っても,実行部隊がついていけず、負の連鎖を断ち切ることは出来ないと思います。現状では生活保護ビジネスと揶揄されてもしょうがないのでは?

ちなみに、治安対策にもいえると思います。

念のため、フォローしておくと生活保護世帯が悪いと言っているのではなく、生活保護世帯の方々が自立していくということへのこだわりを、学力レベルとか治安とかへのこだわり以上に取り組むべきだという意見です。

Today's BGM is
Bonnie Raitt & Paul Butterfield Better Days/5-27-1973 FM Radio
1219944 これは、とある大井町でグルパラというご機嫌な飲み屋を営む爺さんから随分前にいただいたもので、73年のFMのエアチェックものですが、素晴らしい内容でたまに聴いています!ボニー・レイットからはじまりベターデイズへ。こないだ他界してしまったボビー・チャールズの「スモール・タウン・トーク」をジェフ・マルダーがやっていますよ。これは正規版ないのかな?音質はイマイチ何だけどそれがまた雰囲気で。爺さんありがとう!ジャケはイメージ。

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2010年1月21日 (木)

若年者就労支援における進学アドバイザーという役割

去年の四月、会社を辞めてフリーになった途端にピンチヒッター的にはじめたキャリアガイダンスの講師業ですが、出会いがありそうでなかなかない。

他の講師が教壇に立って何を話しているのか聞きたいけど、その時間に自分も喋っているので聞けない。先生との情報交換もなかなか時間がない…。なんとなく、若者との付き合いよりも大人との付き合いに不満足感の残る仕事であります。

でも、ようやく出会いがあって。

僕は「就職アドバイザー」と勝手に言われているんですが、その方は「進学アドバイザー」と自らで名乗っています。僕は就職希望者を、その方は進学希望者を対応しています。

でも、結局はどっちもいずれは就職するんだよね、ってことで言ってること、つまり理念的にはあんまり変わらないんだということにお互いがご挨拶の雑談で気づいて、意気投合。

昨日、ついに呑みに行きました。一度行ってみたかった立川の「横田酒場」。僕の大好きな大衆的な呑み屋でしたねえ。豚のごった煮(モツ煮)が美味かった!

で、お互いのキャリアを聞き合って、たっぷりと情報交換しました。目的はお互いのフィールドをどう広げていくかってことなんですけど、「進学アドバイザー」のフィールドが若年者就労支援業界にあるんじゃないか、ということに気がつきました。

よこはまサポートステーションでも早くから取り組んでいますが、昨今、いろいろなところで耳にする「学び直し」がキーポイントだと思います。

支援現場には、大学、専門学校、職業訓練校に一度入っちゃった方がよかろう、という人がたまにいますが、学校関係で正確な情報を伝えられる支援者、或いはキャリア・カウンセラーはまずいないと思います。

ということに気づいたのは、昨日その方が何の気なしに「◯◯系の学校は関西に4校しかないですからねえ」という言葉を発した時に、「おお~そういうこと言える支援者はいねえなあ~」となったわけです。

また、「あんたは学校はいいから働きなさいよ」、という人がいつまでも大学に固執していたりするんですが、そういう人にも有効かと。どっちかというとこっちがメインになると思う。

つまり、(今の自分)から(理想的な自分)になるために(進学or就労)のどちらを選択をするべきかという際の相談員になるというわけです。

もっと広く、学び直しアドバイザーみたく、大学から訓練校、ひいてはカルチャー・スクールやボラバイトをも含めて、アドバイスできると素晴らしい人材になるとより活躍の場が広ると思いました。

Today's BGM is
フジ子・ヘミング/奇蹟のカンパネラ
4165gitem300_2この人の「ノクターン」にはやられました。こんなに物悲しい旋律だったのかと。この一瞬遅れてくるようなタッチには魂が前のめりになり、ほっといて欲しい記憶の断片がふわっと持ち上がるような気がします。山形のおばあちゃんが危篤だと連絡がありました。夏休みの間中、ずっと田舎で遊んで、帰る日に駅で泣いたな。いつもお小遣いをティッシュにくるんでくれて。結局、高卒後は一度も行かなかった。おばあちゃん、一度もひ孫の顔を見せずにごめん。そして小さかった俺を世話してくれてありがとう。

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2010年1月20日 (水)

高校での就職希望者キャリア・ガイダンスに必要な三つの感じ

まとまりの悪いタイトルです…。高校生で就職希望している生徒を一言でいうと何?

高卒という言葉は卒業してから使うわけで。ま、いいや。

シェアするココロで実施している高校でのキャリア・ガイダンスのカリキュラムは、日々マイナーチェンジしながら進化してて。今、この進化をシステマティックに管理することが課題になっています。

進化しつつ、根底には3つのフィーリングを常に意識しているのですが、今日は僕の頭の整理を兼ねてご紹介したいと思います。

1.危機感:これは危機的な現状を認識させ、他人事を自分事に変える作業。ガイダンス前に進路指導の先生からお願いされる第一位がここになります。

ちなみに、ここだけを強烈に刷り込んで後は自己責任で、というのが最悪パターンだと思います。

ここは、教師とか講師とかいう問題ではなく、術を同時に教えなければ、大人として無責任だと思います。

2.納得感:自分もそうですが納得できなければ行動には移さないですよね。この時に、いかに彼らに響く言葉、エピソード、ビジュアルを使うか。

自分が教壇に立たせてもらって彼らと対峙してきた中で、例えば、常套句的な「10年後の成りたい自分のイメージ」や「正社員とフリーターの生涯賃金格差は二億円」というのは、あまり効果的ではないと感じ、使うのをやめてます。

突き詰めると、情報発信者が納得し、リアリティをもって発信しなければまず通じない。

通じたとこから響かせる作業は魂の問題だと僕は思います。ここでしっかり響いておくと、数年後のキャリア・チェンジの際にヤマビコのようにかえってくる(はず)。

だから、シェアするココロの講師は、魂入れて話せるネタを各自に仕込ませます。高校生というのは、そういうことの眼力のもっとも長けた人種だと思います。高校生を侮るなかれです。

3.効力感:納得感で行動準備に入った生徒が最終的に行動に移せた、移せないという違いになるのは、この自己効力感を持てていたかが、大きなキーポイントになると思います。ここには、本田由紀さんが言ってる労働基準法の知識等「抵抗」の部分も入り込むんだと認識しています。

また、昨今、高校生で就職を希望している生徒の大半が本当は進学したかった非積極的な就活者である現実を踏まえると、ただ術を教えただけじゃ重い腰が持ち上がることはありません。

ここで必要となってくるのが「俺にもやれるんだ」という自己効力感だと思います。

でもってここはガイダンスでどうにかなる部分じゃないんですよ。たまにできちゃうと思ってるカリスマがいますが、あるわけないじゃん。あと、そういう無茶な依頼もありますが、ダメだって。

こここそが、日常的に先生が、保護者が、地域が育てる部分なんですよ。

僕らは、データを使って彼らへの可能性を示唆しています。それが、ちょっと前に書いた「キャリア・アップ教育」の根幹になります。

今後、これらの考え方をセオリーとして固めつつ、効果性をどう測っていくかが課題ですね。

じっくり腰を据えて取り組ませてもらえる高校があれば、是非、ご連絡ください。

Today's BGM is
立川志の輔/志の輔らくごのごらく1
41akiwvxall_sl500_aa240_ BGMというのかな。前々から落語には興味があったのですが入り口がわからずに立ち往生していたら友人がこれをくれて。恐らく最良の入門編にして、スタンダードになりえるのが志の輔さんじゃないでしょうか?電車の中で笑いを堪えながら、どうでもいいとき、どうでもよくなりたいときに聴いています。昨日の「今日のダーリン」で糸井さんがテレビ的なわかりやすさと絶賛されていましたね。僕は「ハンドタオル」が好きです。先日車で聴いたら、これまたよくて。生で観たいなあ、志の輔。

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2010年1月15日 (金)

えっ、大卒求人がバブル期並!?

大学生の内定取り消しなど、若者の雇用状況をめぐる深刻なニュースを耳にします。

でも実は、大学生の求人数はバブル時代並の1.62倍なんです(2010年卒11月現在)。これ、あまり知られてないですよね?

ホテル監禁接待の青田買いのあの時代と一緒ですよ(あの時代のバブリー気質を引きずった40代後半の女性が今もっとも一緒に仕事しにくいというのは偏見か!?)。

()で脱線しましたが、驚きませんか?

僕は大学での講義用に調べてて驚いちゃいましたよ。

だって「おまえらこんなに大変なんだぞ」って言うための資料作成なのに、数字上は全然大変じゃないんだから。

?!

調べを進めたらいろいろ見えて来ましたので、シェアしたいと思います。

まず、未曾有の不景気と言われながら求人数がちゃんとある理由ですが。

企業はバブル崩壊後にした雇い渋り、いわゆる就職氷河期や失われた10年と同じテツを踏まないよう相当必死なようです。

同じテツというのは、今の30代が氷河期世代で、企業の世代構成からスッポリ抜けちゃって中核を担える人材がいない。

企業はこの世代構成をなんとか健全なバランスで維持しなければならない、ということをバブル崩壊で学んだんです。

そしてもうひとつは団塊世代が定年でスッポリ抜けていくタイミング。ここは学生にとってはある意味ラッキーなリンク。

これが大卒求人数がこんな時代に高水準にある要因のようです。

しかし、青田買いのバブル時代とは決定的に求人の質が違う。

人材を「人財」と書いているビジネス書を見たことがある方も多いと思いますが、人が材料だった時代から財産の時代に移り変わった。

これ、一見美しいんですが、財産性=希少性ですから、普通じゃダメなんです。

企業内で中核“以上”を担える、人事用語的な言い方をすれば地頭のいい人材しか採用されないんです。

ここが厳しい。

緩やかなOJTや、ちょっとした成功体験から化ける新人君っているわけじゃないですか?

“化かし”という魔法のような人材育成システム?、ああいうある種のネグレクト的な人材育成からの這い上がりができない。

今、厚生労働省のジョブカード制度がここのOJTをOFFJTも含めサポートしていますね。

若いということがハンディキャップになっていることがジワジワと実感してきています。若者の職業的自立をしっかり考えていきたいですね。

Today's BGM is
宮本笑里/Tears
200375815前職でお世話になった女子にいただいたCDで、ちょっと自分のココロが荒んだ気がしたので久しぶりにチョイスすてみました。美しいビブラートにやられておかしなポエムを書いてしまい、こっちにアップしましたがミクシイ限定に引越しさせました(笑)。こういうジャンルはよくわかりませんが、ココロが落ち着きました。今ジャケを引っ張ってきて、こんなに巨乳だったんかい!?と目を丸くしましたが違うようですねww

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2010年1月12日 (火)

高卒就職者へのキャリア・アップ教育について その2

昨日アップした『高卒就職者へのキャリア・アップ教育について』について、早速、親しくさせていただいている高校の教師の方から熱いメールが届いた。

自分が送り出す生徒の内の大半は、必ず転職を経験をするというのに、教師にキャリア・アップという発想はまずもって持てるまい。

というのが主旨だが、多少言い過ぎたかな、などとも思っていたのでお叱りかと思いきや、まったくもってその通りだとお嘆きのご様子。

ホッとしていいのやら…。

残念ながら学校というものは、たいがいこちらの想像を下回ることが多い…いやいや失礼。

その中になるほどなと勉強させていただいたのが、工業・商業高校のような企業と学校が密接な繋がりをもっている場合、キャリア・アップという世渡り術を教えるさじ加減が難しいのではないか、というもの。

それもそうですね。自分ならどうするか?

僕ならどこまでも一般論化して語り切りますね、たぶん。そう、そういう場合にこそ客観的な外部協力者が学校という組織には必要なんだと思います。

どうぞ、弊社をご活用下さいませ。きっとお役に立ちますよ!(笑)

続けて、教師という職業興味領域というか、そもそものモチベーションがキャリア・アップとは真逆なベクトルに向いているので、そういう発想が持てないのは無理なかろうとの指摘も。

この課題に対して、僕は教師(学校)が機能拡張する必要はこれっぽっちもないと思います。

これっぽっちもは嘘ですが、速やかにというのはあまりにも非現実的です。しかし、緩やかにではますます若年者問題が深刻化するでしょう(この辺は本田さんの意見に賛同しつつへっぴり腰なのである)。

雇用創出や景気回復は政治家に任せるとして、僕ら実践者は、いや、我々市民は生活者として今のベストを尽くすべきだと思いますよ。

浅知恵ですが、僕が若者と接してきたなかでのモアベターが「高卒就職者へのキャリア・アップ教育」です。

彼らがキャリア・アップを果たす瞬間々々には、きっと更に拡充予定のサポステが役に立つことでしょう。

ベストが見つかるまでの繋ぎかもしれませんが、今はこれが、僕らが教壇から伝えられる精一杯だと思います。

また、本田さんの本で繰り返し訴えられていた「抵抗」も、ここに加えるべきだと学びました。

今年一年、実践を通し、学習を重ねながら、何らかの形にしていきたいと思います。

異論反論あるのは重々承知です。その上で謙虚にいろいろな方々と議論しながら、セオリーを固めていきたいと思いますので、ご興味のある方は是非ご連絡ください。info@sharecoro.com

Today's BGM is
大橋トリオ/PRETAPORTER
1 いいですねえ!いなかったですねえ、こういう人。新しいのに懐かしいような、それでいて何にも似てないようなタイプのアーティスト。洋楽と邦楽という分け方を鼻で笑うような突き抜け方。わりとのぺっとした歌がいいリズムに乗っかって丁度いい。日本語というウェットな語感に対して、感情移入の少ない歌い手が自分は好きなんだなと思う。細野さんとか。女性では原田知世とかつじあやのとか。これがエイベックスらしい。侮れないな。トリオはトリオにあらず。

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2010年1月11日 (月)

高卒就職者へのキャリア・アップ教育について その1

ちょっと高知(講演)と長野(講師)の仕事が煮詰まってきたんで、思っていることをまずは文章にしてみたいと思う。それがタイトルの「高校生へ在学中にキャリア・アップという考え方を指導するべきだと思う」である。

まずこの根拠は、以下の753現象にある。

高市早苗・内閣府特命担当相(青少年育成担当)は2007年6月29日、07年版「青少年の現状と施策」(青少年白書)を閣議で報告した。それによると、 03年春に卒業し就職した人の3年以内の離職率は、中卒70.4%、高卒49.3%、大卒35.7%で、「七五三現象」といわれる状態が続いていることを 示している。

僕は高校生にガイダンスしているときに「このクラスの半分は三年以内に仕事を辞めています」と伝えている。当然、辞めないで欲しいという思いを込めているわけだけど、それもどうなんだろうと考えるようになった。転職ビジネスも旺盛である。

データがないみたいだが、仮に5年で調査したらどうなっているんだろう?中卒は全滅、高卒は70%、大卒は40%とかになっている可能性は十分ある。

まあ、確実に言えることは、僕が指導している高校生は圧倒的多数がいずれ転職経験をする。

この大前提に学校は目をつぶっていないか?

終身雇用という幻想を捨てよ―産業構造変化に合った雇用システムに転換をー「日本の雇用制度を考える」研究会 座長NIRA 理事 柳川範之などを読むとを終身雇用(生涯雇用)が神話と化していることがよくわかるが、高校の進路指導の先生は、恐らく終身雇用される、或いはそうあるべきという前提に生徒に指導しているのではないかと思われる。

そもそも、教員に転職、キャリアップという価値観は存在しないし、実際問題経験値がない。

一方、文部科学省の学校基本調査によれば、現在の高校生への業界別求職状況は以下である。
Image800 これは僕が実際使っている資料だが、とにかく圧倒的に製造業からの求人が50%近く(真ん中の青)、事務や販売は年々非正規雇用に押されて減少の一途を辿っている。

生徒が魅力を感じる職業像とかけ離れているであろうことは、工業高校を卒業した僕には想像が容易である(製造業とモノ作りが似て非なるものというのが僕の実感。ここはまた書いてみたい)。特に女子の場合はキツイ。

この中から一生涯をかけて働ける会社を見つけろ、という指導はどうなんだろうと思う。「だったらフリーターでもいいからショップの店員になりたい」という生徒がいることは、これまた想像に容易い。

僕は、会社に入れば必ずやりがいがある。「フリーターで自分探しをするよりも、会社に入ってやりがい探しをするべし!」という指導をしている。そして、27歳までに適職にたどり着く足掛かりとして、三年は踏ん張れそうな会社を探そう。

そこでキャリアップという考え方である。もう一つ気になるデータとして、「転職歴は3回目から気になる」という回答が全体の36%と最も多くなっているというリクナビの行った人事担当者へのアンケート結果がある。

僕がタイトルで主張する行動目標はこうなる。

「なんとか三回の転職で、27歳までに自分らしい仕事に就こう」である。

その際の転職市場で自分の商品価値をどこまで高めておけるかに指導の的を絞るべきではないかと思う。リスクはあるが、しかし高い離職率、狭まる職業選択という実情を踏まえればこれが現実的ではないか?

本田由紀さんの『教育の職業的意義』48006523 の主張では、学校がもっと職業的教育をするべきであるということが書かれている。僕も大いに賛同するが、学校がその機能を持つまでに僕は何人の学生と対峙するのだろう?圧倒的に衰弱してしまった企業の人材育成能力の回復を待つまでに何年かかるのだろう?

これは僕が実際聞いた話だが、企業側は「卒業するまでにせめてワード・エクセルぐらいはマスターしてきて欲しい」と言い、学校の先生にそれを伝えたら「そういうことは企業が教えることなんじゃないか」とこう来る。学校と企業が人材育成をなすり合いをしているのだ。

こんなご時世である。残念ながら若者は学校側からも企業側からも適切な指導を乞う機会もないまま、労働市場に放り出され、サイバルしながら自己研鑽で職業人としての価値を上げて行くしかないのである。

そのサバイバル・スキルを僕の一時間半の講義ではなく、高校の三年間かけて教えるべきでなのであると思うのだが。シェアするココロとしては、この一年でメソッドとして固めていきたいと考えている。

ああ、一気に書いてしまった!スッキリだ!!

Today's BGM is
Willy Nelson/American Classic
265bd77b これは前も取り上げたっけ?僕はこの人には疎い。知名度の割に音を知らない人は多いのではないかしら?レオン・ラッセルとのセッションモノのバッタモンDVDを持っていてそれもすこぶる良いので、ちょっと当たりを付けたい人である。そしてこれ。僕のギター・ソロごっごのお供にすっかりなっているトミー・リピューマ制作の好盤。ノラ嬢もゲスト参加していますよ。

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若年者就労支援業界とフリー その1

最近、ブログの更新頻度がガタ落ちしていますが、それは読書の時間が圧倒的に増えているせいです。読みっぱなしではなく、咀嚼して吐き出す作業をしっかりしていかないとダメだと思うので、感想やらを書いていきたいと思います。

年末に読んだのは『ロングテール』の著者、クリス・アンダーソンの最新作『フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略 』。これは面白い本でした。418bv41i6jl

●無料のルール
1.デジタルのものは、遅かれ早かれ無料になる
2.アトムも無料になりたがるが、力強い足取りではない
3.フリーは止まらない
4.フリーからもお金儲けはできる
5.市場を再評価する
6.ゼロにする
7.遅かれ早かれフリーと競いあうことになる
8.ムダを受け入れよう
9.フリーは別のものの価値を高める
10.稀少なものではなく、潤沢なものを管理しよう

ということですが、まあ、僕がこの本の紹介をしたとこで、それこそフリーなんで書きませんが、この本の読後感を引づりながら、ちょっと若年者就労支援業界におけるフリーと、コモディティ化について考えてみたいと思います。

コモディティ化っていうのは、僕も経営を学ぶ中で知った言葉で、ウィキペディアによると「市場に流通している商品がメーカーごとの個性を失い、消費者にとっては何処のメーカーの品を購入しても大差ない状態のこと」ということにより、「市場原理で『より安い商品』を投入するしかなくなり、結果的に製品の値段が安く なる。その結果、儲け幅が減ることもあり、企業収益を圧迫する傾向がある」ということを指します。

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全国に92ヶ所ある厚生労働省の施策「地域若者サポートステーション(以下サポステ)」は、全国のNPO法人等が委託を受け運営されている若年者就労支援施設である。

若者なら、受付さえ済ませば誰もがPCからキャリア・カウンセリングのみならず心理カウンセリングまで何度もフリー(無料)で使える就労支援施設である(施設により多少の差異とルールあり)。

彼ら若者を社会的弱者として救済するためにフリーは歓迎すべき出来事である。自己負担=自己責任という論理から言えば、フリーになったことで、コストの社会負担=社会責任に事実上なったわけである。

しかし、この場合のフリーは、ドモホルンなんとかのように、コアユーザーが購入する商品に試供品のコストが上乗せされている、購買者と非購買者が結局どちらもがユーザーである点で異なるが、クリス・アンダーソンが本書で言っているところの「三者間市場あるいは市場の二面性(ある顧客グループが別の顧客グループの費用を補う)フリー」というものである。

サポステの場合、費用を補う顧客グループとは納税者である我々である。この自覚のある市民はまずいない。無自覚な市民が若者のコストを肩代わりし、若者はサポステを無料で利用できるわけだが、若者の側にもなぜ無料で使えるのかと考えるものはまずいない。

市民の側も若者の側も、圧倒的にNPOがボランティアで運営していると思っており、給料を貰っていると知るとたいていは驚き、なかには憤慨する人もいる始末!

我々市民が若者のコストを肩代わりするインセンティブは、ひどく呆気なく言えば、非納税者が支援を受け就労することで納税者となり、個人の社会的負担が、いろんな意味で分散軽減する。ということであり、社会的投資にほかならない。

しかし、このインセンティブに対して国民的合意が得られないまま、無自覚でいることが大問題である(なんとなく最近思うのは、我々がこの国の国民であることに無自覚であること。右翼っぽいことを言っているつもりはないけど、やはりここを自覚していかないとこの国はほんとにやばいんじゃないかと思う)。

事業仕分けに於ける若者自立塾の扱いも、ここを押さえずして議論しても、まあ、ああなるなとしか思えない。今は事業仕分けにより国民的合意形成の足掛かりになったとポジティブに受け止めよう。

このサポステ・モデルが現れるまで、心理カウンセリングは心療内科等で数千〜数万円払って受けるしかなかったし、キャリア・カウンセリングなども同様のコスト負担が利用者に求められていた。

余談ばかりだが、心理カウンセリングはあまり変わらない利用層なのに対し、キャリア・カウンセリングはまったくことなる利用層が顕在化したというのが興味深い。しかしキャリア・カウンセラーのスキルは有料時代のクライアントを想定したままである点にカウンセラーたちはもっと自覚的にならなければならない。

有料だったサービスを無料にしたわけだから、地域若者サポートステーションは、これまで有料でやってきた若年者就労支援業界にとって、良くも悪くも破壊的なイノベーションであるといえる。

若年者就労支援業界をラーメン屋で例えてみよう。

あなたが一杯700円のラーメンを出していた店の横に、無料のラーメン屋ができた。しかもそのゼロ円ラーメン屋は、その代わりに餃子を500円、ビールを550円という有料メニューで経営を成り立たせているわけではなく、すべてのメニューがフリーときている!

どうやらゼロ円ラーメン屋のバックには、大金持ちの慈善家がついているらしい。

こうなったら、あなたは店を畳むか、自分たちも、大金持ちの慈善家の支援を受けフリーにするしか対抗手段はない。よって支援団体はこぞってサポステを受託した。

多くの団体がサポステを受託したことで、スキルの共有が一定程度され(ここは疑問)、ジョブトレーニングやインターンシップなど一部の団体の看板メニューだったサービスをどこでも実施するようになり、支援業界がコモディティ化した。

パブリック・サービスなのでコモディティ化してもらわないと困るわけだが、この状況から団体が独自で生き延びていく道をどのように模索していけばいいのか?

来年度5年目を迎えるこの事業では、随意契約をしていく団体とそうでない団体に分かれることが予想されるが、契約を打ちきりになった団体がどのような料金設定でこの業界で事業を継続して行くのか?

ゼロ円ラーメン屋が700円のラーメン屋に戻ったら客は離れて行くだろう。

これがサポステという破壊的イノベーションが起きた後の若年者就労支援業界の有様だと思う。ちなみにここで働く者たちの労働環境は年収200万円台である。

ラーメンをタダで食べれる客の満足感があるところにソーシャルビジネスの希望があり、落とし穴があるわけだが、今後、フリーを切り口にこの落とし穴を埋める手立てを無謀にも考えてみたいと思う。

Today's BGM is
Wilco/Being There
Wilcobeingthere こんなに美しく狂おしい音楽があるだろうか?オルタナ以降の怠惰な諦観めいた混沌とした世界からクリアなメッセージ、フレーズがくっきりとした輪郭を持って立ち上がってくる。その意志の強さみたいなものがココロを奪う。なんとか陽気に振舞おうとしている切ない音楽。もっと聴きたい人たちであるが残念ながらコレしか持っていないので誰か貸して!







Tonight nipponshu is
㈱福光屋(石川県)/悠々
Image798 唐突に始めちゃいましたが、「これは美味い!」僕はお酒を語る言葉を持っていませんので、美味いか不味いかのどちらかを書きたいと思います。これはジャケ買いです。「悠々」いいラベル、いいネーミング、不味いわけがない!おすすめ。

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2010年1月 8日 (金)

やはりテーマは「繋ぐ」だった

来月、高知と長野で講演が入っている。

二件とも前職からのお付き合いのある方々からのオファーで、ありがたい限りっす。なによりもまた一緒に酒を呑めるという喜び。

もうひとつありがたいのは、講演だの講師だのという仕事は、自分のしていることに、意味や理屈をくっつける仕事なので、がむしゃらに突っ走ってきた仕事の句読点のような息継ぎ的役割を果たしてくれるのだ。

自分の成長はそういう機会に割と恵まれていたことと、そういう機会だということに自覚的だったことだと思う。

そういう意味で今回の二件はタイムリー。

高知が、若年者就労支援で地域、大人ができる予防と対策的な話し、長野ではフリーター、ニート予防的視点から捉えた高校生のキャリア形成支援。

ここらで息継ぎしたかった内容だ。自分のやっていることを再確認したかったが、自分でやろうと思ってもなかなか難しい(苦笑)。ホントにありがたいっす。

今、同時並行で二つの資料を作ってて、被り方が非常にいい気付きを与えてくれている。

ひとつ象徴的な図を紹介すると。

均等に交わり合っている三つの円がある。学校、家庭、地域。一つひとつが萎縮して小さくなり、真ん中にポッカリ穴が空いている。Image799_2

時代の流れとともに出来てしまったこの空白地帯。ここに誰も教えない、いや、教えれない実社会があると僕は感じている。

そこを埋める技術。

やはりテーマは去年と同じ「繋ぐ」なんだな。

※この後、この感触を確かめるため本屋を見回っていたら、本田由紀さんの『教育の職業的意義』を見つけ、ビンゴ!と思った。ただし、教育側からというか教師がその役割を担うのは現状では不可能だと思う。そこにビジネスチャンスがあると思う。

Today's BGM is
Muddy Waters/Fathers And Sons
41dac31at3l_sl500_aa240_ 僕の持ってるマディのアルバムでは69年のこれがベストである。大活躍はポール・バターフィールドのブルースハープ、マイク・ブルームフィールドのギターであるが、その他のバック・ミュージシャンも最高の演奏をしているが、そこにどす黒いマディのスライドがなんとも生々しく響く。親和性が低いわけではないがマディのスライドは別の場所にいる。マイクロトーンってやつだろうか?そこに俺を連れて行ってくれよ、と思う。

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2010年1月 4日 (月)

今年の目標なんぞ

年末にずっと『フリー』を読んでて。

その勢いで若年者就労支援業界のコモディティ化とフリーについて書いてたら、これが案外腰据えて書いてみたくなり、ご無沙汰していた次第でございます。

上記は頓挫中というか、携帯ではなくPCで書いてるので、多分まだ時間掛かりますが、とても重要なことのような気がしてます。
Img_1557

年末年始に酒に溺れながら語り合い、朦朧としながら考えてましたが、一応、毎年書いているので、今年の豊富を書いてみたいと思います。あ、写真は、仕事始めにみんなで商売繁盛を祈願してきた近所の神社での記念写真です。真ん中がタイガー(寅)。

いちいち確かめませんが(まあ、そんなもんよ)、去年は確か「例え上手になる」だったと思います。

要するに、いかにわかりやすく、印象に残る言い回しをするか、ということだけど。

これを瞬間々々にやってのける、とするとダメでしたね。ガイダンスのようなネタとしてなら、随分考えましたけど。

これは継続して目標とししよう。

今年は「形にするにこだわる」にしてみたいと思います。

気持ち、ビジョン、アイデア等など。

僕は言語化することでアイデンティティを感じ、獲得してきたけど、それはある種の自己正当化だった。と、起業して半年の今、そう感じる。

言葉にすることはたやすい。

形にしなければ何も動かないし、何も生まれない(言葉にも十分その力があると僕は信じているけど)。

自分が死んでも動き続ける何か。

一年じゃ難しいだろう。

でも、今年の目標。「形にするにこだわる」でいきたいと思います。

ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします。

Today's BGM is
中山うり夏祭り鮮やかに
Natsumatsuri 忘年会でY氏にいただいた1枚。知りませんが『あの空をおぼえてる』の挿入歌だとか。なぞのアコーディオンを弾きながら歌う女性ボーカリスト。はじめアコーディオンのインストかと思いきや、ソフトなハスキー・ボイスが!小野リサを聴いたときにこんな声の日本人がいるんだに近いインパクト。歌が良すぎてアコーディオンが聴こえなくなる。高田渡の「生活の柄」をノー天気に歌っています。これまた仰天でした。ギターもいいっす。

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2010年1月 1日 (金)

明けましておめでとうございます。

Image780 去年三月いっぱいで退職し、五月に会社設立したわけですが、なんとか新しい年を迎えることができました。

昨年は、とにかく出会いの多い一年で、出会った方々に、本当に救っていただいたなと思っています。ありがとうございました。

今年は、私たちが本当にしたいことをもう一度見つめ直し、コツコツと実現させていき、持続性のある仕組みを作りたいなと思っています。

本年もよろしくお願いいたします。

写真は、千葉県蓮沼海岸に昇る初日の出。

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