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2010年3月の10件の記事

2010年3月31日 (水)

「三年引きこもった人の履歴書の書き方」を考える

今日、いつもやってるアル活という、社会的なブランクを抱える若者にまずはアルバイトからはじめてみようぜ!というセミナーの短縮版を作成してました(よこはま若者サポートステーション毎月第一木曜日の13:00~15:00で講師を努めさせていただいております)。

ちょっとネタ集め的な感じで、スタッフに「三年引きこもった人の履歴書の書き方で、なんかお勧めない?ハック的にズバッと解決しちゃうような」と聞いてみた。

結論からいえば、そんなもんあるわけないんだけど、現場経験のあるスタッフ引きこもり経験のあるスタッフ当事者世代のライター。ちょっと盛り上がりましたね。シェアコロのいいとこだと思います。

引きこもった経験のあるスタッフは履歴書に自立塾やサポステの利用経験を書くなんてありえないと言います。

あぁ、わかるなあ。でも僕はこれが1番無難で勧めますけどね。

採用する側として計りたいのは「過去との決別度」だと思うのです。

ましてやアルバイトなら、現在進行形じゃなきゃまあいいよ、と考えるだろうし。究極的には一丁一肌脱いでやるか、と思わせれたら勝ちなわけで。

こういうときに若者自立塾って、ホントに当事者からしたらネガティブな響きを内包した書きたくないだろうネーミングだと思います(キャリア・デベロップメント・スクールとかさ。横文字でよくわからなくした方がいいですよね)。

厚生労働省事業地域若者サポートステーションにて就職活動
主にキャリア・カウンセリングやセミナーの受講

なかなか仕事が見つからず…、ということでこのご時世一年は稼げる。

ジョブカードがどこまで実効性があるのかわからないけど、この期間を積極的に「過去との決別度」としてアピールするべきだと思う。

2ちゃんを見たらそういう「履歴書どうする?」スレッドが立ってて、北朝鮮に拉致されてたとか、病気治療のため自宅静養とか、ふざけつつも真剣さが垣間見られました。

これは何か決定打を提案してあげられないかと、さらに議論は熱を帯びます。

ちなみに解決しませんでしたよ。答えを求めている方はこの辺までにしてもいいかも(苦笑)。

結論としては三つしかパターンはないんです。

  1. 正直に書く(白)
  2. 嘘を書く(黒)
  3. 経験の水増しをする(グレー)

決して経歴詐称を勧めるものではありませんので悪しからず。

僕の経験上、当事者の方々は嘘を嫌います。なので苦渋の選択で1を選び、落ちて傷つきます。

支援者として、ここまで頑張ってきて、今、無駄に傷ついてほしくないときに、そういうことします。そういう人たちなんですよね。

ライターのフルチンが言いました。

「でも就活ってハッタリですよね」Image1022

これは真実だと思います。写真は昨日の車出社した際に見つけた紳士服屋さんのキャッチ。第一印象は6秒で決まる何ていう衝撃のデータも有名です。

自分をいかに商品価値の高い人材に見せるかというテクニックをいろんな場所で日夜やってるわけですよ。

就活メイク講座なんざあ、ハッタリの極意講座なんじゃないでしょうか!?

ハッタリには勇気がいるんです。ハッタリ切る根性がいるんです。メッキが剥がれちゃマズイんですが、こんなときこそ若者の特権を最大限行使し、最高の笑顔で「テヘッ」と笑うべきです。

僕が「テヘッ」としても馬鹿かと思われますがあなたなら大丈夫!

こういう「甘え力」が処世する術なんだと思います。

話を戻すと「就活ってハッタリ」といった場合、パターン的には3.経験の水増しをする(グレー)なんです。

言っときますがハッタリは嘘じゃないんです(きっぱり)。

ハッタリには、過去の大切な経験からどうしょうもない経験をざっくりと計算して言っているわけですからね。

ハッタリ:欺くつもりはない。できることならこっち的にもそうありたいほのかな向上心のあらわれ。または気持ち。とでもしときましょうか、便宜上。

「Born to be Gray」邦題:「グレーで行こう!」

ふざけてますが、最後はちゃんと締めますよ、大人として。

要するに。面接の際に、「過去はこんなんだったけど、こういう葛藤や支えを経て、こんな気持ちになったから今俺はここにいる」ということを言った時の眼差しや態度なんだと思います。

これは姿勢がいいとか、流暢に喋るとかじゃないものだと思います。

是非、誰か、サポステなんかに行って相談して下さい。誰かと話すことでしか「決別度」は上がらないですから。

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2010年3月28日 (日)

「高校中退者等アウトリーチ事業」その前に。

来年度のサポートステーション事業は拡充され100団体にまで増えるという。増えることは利用のしやすさという点でいいことだと思う。

例えば一県にひとつしかサポステがない県の利用者は、サポステを利用するために恐らく最大で往復8000円近くの交通費を払い、若年無業者に「おいでよ!」と言ってるわけだから。これはアルバイトの一日の日当に相当する。コレが4000円に減るんだから!

100団体のリンクを見てもらうとフッ(笑)と黒柳徹子のように笑ってしまうのだが、100団体の後ろの「!!」コレ。どういう景気付けなんでしょうか!?。普通つけないでしょ。

で、今回の目玉なんだかなんなんだか知らないけど、「高校中退者等アウトリーチ事業」(50事業)。

いくらついてるのか調べようと思ったけど、ITリテラシーが低くてわかりませんでした。

アウトリーチってのは、早い話が家庭訪問です。広義には外側への情報提供なんかもアウトリーチと言ってます。都合よく、しっかりやてますよ!というアピールの際に最近使われることが多いような気がします。今回のもそのひとつのような気がしてなりません。

「待ってるだけの箱物」という批判をかわすことが一番の目的ではないかなあと僕は思ってます。

でも、これで事業化しちゃったわけだから、民主政権になって際立つ、一定程度の数的達成目標が設定されてるんだと思います。でも、50団体のうちでアウトリーチなんてハードコアな支援をしたことのある団体なんかないわけで、ほぼ「取れちゃったけどどうする!?」状態だと思います(間違いなくそうだと思うけど以下憶測で話し進めます。ほんとかなあと疑りながら読んでください)。

いいのかそれで!

行政の下請けゾンビ団体と呼ばれるのはそういうことだぞ。

委託事業をとることが目的になってるじゃないか!

自団体のミッションを達成させるための最大の効果を発揮させる「策=手段」として行政と連携するんじゃないのか?

取れちゃったところが慌ててアウトリーチ経験団体からレクチャーを受けてる(この流れも作戦ぽいが)。

そんなにわか仕込みの「いい人たち」(ここが一番危険だ!)が、ひきこもっている家にやってきて、「このままでいいのか?」とかき回して帰っていく。

定休日のある公務員みたいな働き方している連中が、365日の家庭の中に入り込む。訪問員の一言が引き金で定休日に暴れだしたらどこに電話し誰が対応してくれるのだろう。

何が起こるのか?

僕はこの仕事で一番大事なのはイマジネーションだと思ってます。想像力のないヤツはさっさとこの業界から出ていって欲しいぐらい。

あなた方が家に行く家庭。切羽詰った親が本人がアウトリーチを希望していると、承諾のハンコを親が勝手に押してしまう。自分の部屋=領域に入られる、みっともないこの状態を人に晒される。屈辱、侮辱、恥辱の嵐。もしもそれが本人にとって「死」よりも重ければどうなるのか?

誰が責任を追うのか?

僕はこの事業自体がイマジネーションの欠如から来ているとしか思えない。或いはこれで得する連中の発想で動いているとしか思えない。

それよりもですよ。

64万人いるニートの3万〜4万人しか施設を利用していない。だから残りの60万人にアウトリーチをかけようという発想の飛躍をするまえに、ちゃっんと彼らに情報を伝える情報支援を徹底してみましょうよ。

安室ちゃんがいいのか、AKB48がいいのかはわかりませんが、そういう彼らに直接語りかけられるタレントを起用して「ひとりで抱え込まないで」なんてキャンペーンでも打ちましょうよ。

Today's BGM is
Jeff Lynne/Armchair Theatre
Jeff_lynnearmchair_theatre_2 ついに買った!何年探したことか!!ちなみに廃盤。amazonでは新品が6414円ですよ!!僕は中古で2100円で買いましたが。ジェフにピンと来ない人、或いはこの後に出てくるELOにピンとこない人は、「電車男」のテーマソングの「Twilight」でピンとくるかもですね。先に断っておくと今回のは長いです。ここを飛ばしている読者が圧倒的だと思うと徒労感がすでに滲みますが、逆にこれだけ読んでるコアファンなファンもいるようなので(いねえよ!)、彼らの為に書きたいと思います(笑)ちなみにこれ、90年発売で、当時はまっちゃって、なぜかなくしたんです。CDを録ったテープをなくしたのかCDをなくしたのかも覚えてませんし、自分がジェフ・リンに出会った経緯すら思い出せません。とにかくこんな気持ちのいい音楽があったのかと、大音量でカーステで聴いていたような気がします。なにから話しましょうかね。

まず、なんで何年も探したのに見つからなかったのか?いろんな店に立ち寄ると僕は必ず「J」をチェックします。他にも探している「J」のアーティストがいるので。今回彼のCDは「E」にありました。ジェフはエレクトリック・ライト・オーケストラのリーダーなんです(そんなことも知らずになぜ僕はこのアルバムを愛聴していたのか!?)。で、今回発見できたのは、ちょっと待てよ、ポール・マッカートニーもジョン・レノンのも「P」でも「J」でもなく「B」にあるよな。てことは!と、なんで今まで気づかなかったんだということに気づきチェックしたら2枚もありました…。安い方をGET!アホでした。情けない。なんで気づかなかったんだオレ。

ジェフとの出会いをさかのぼってみたいんだけど。彼の大仕事として有名なのはビートルズのアンソロジーに収録されていた「リアル・ラブ」と「フリー・アズ・ア・バード」。これが95年だけど、僕はアウトテイクはビートルズじゃないって思ってたから買わなかった。これで知ったんじゃなくて、やっぱ発売当時に知ったんだ。で、ビートルズみたいな匂いはするなあとはすごく思ってて。ポール派だと決めつけてた。

恐らく、ジェフの音を最初に耳にしたのはELOではなくジョージ・ハリスンの「Got My Mind Set on You」。このとき何を思ったのかは定かではない。多分これよりも音的に意識したのはトム・ペティの「Free Fallin'」はこっちだと思う。

今思うと、ジェフの音はキレイに整理されているんです。バンドらしくないといえばない。恐らく僕が今日ここでYoutubeに『リンクをはるすべて同じバックバンドだと思われても仕方ないくらいジェフの音になっている。おそらくこれに飽きたトム・ペティが反動的に選んだプロデューサーがリック・ルービン、より生々しい94年の「Echo」を生み出す。これもいい!でも、「Echo」よりも、僕がチョイスする確率は間違いなく「Free Fallin'」なのだ。

でもって忘れてならないのがディラン、トム・ペティ、ロイ・オービソンジョージ・ハリスンとジェフ・リンによるバレバレ覆面バンド「Traveling Wilburys/Traveling Wilburys, Vol. 1」これが88年なんだけど、自分のなかでは時間軸がメチャクチャで、ジョージが死んた頃からウィルベリーズがブームになって…。

話を戻すと何でこのアルバムに夢中になったのかがさっぱりわからない。今も廃盤なぐらいですから当時も誰も聴いておらず一人ほくそ笑みながら聴いていたと思う。今夜は少しでも彼の音楽の素晴らしさを理解していただき、手に入りにくいこのアルバムが再発される運動のひとつとして、彼の聞ける限りの曲をここにリンクを貼りたいと思う。

Every Little Thing
Don't Say Goodbye
What Would It Take
Lift Me Up
September Song
Stormy Weather
Blown Away
Now You're Gone
Save Me Now

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2010年3月24日 (水)

ハローグッバイ

さあ、移動の季節です。

どうして君は手を振るのだろう。僕の手はポケットの中なのに…。

終わりは始まりなんですってさ。元春が歌ってました。

惜しまれる人、惜しまれない人、どうしてもいてほしい人、ここよりほかにいった方がいい人、君はまだいるんだ、という人…、いろいろいるわけですが。

世の中には誰か一人抜けただけで、サービスがガタ落ちしてしまうようなことがあってはならない業界というものがあります。大半でしょうが。

そういう業界は、様々な対策を取るわけですが、その一つが人事異動です。

人事異動のメリットはキャリコンで勉強してなるほどね、と思いましたが、本人にとっては大きな転機ですので、必ずしもメリットなわけではありません。

NPO職員に移動があることはちょっと想像しがたいでしょうが、毎年委託事業が増えていくようなNPOでは、退職やバーンアウトした職員の穴埋めなど、公務員より目まぐるしい移動があります。

NPOで働くようなタイプの人間は自己実現の姿が明確にある人なわけですから、移動が原因・誘因の退職はよくあります。

行政の人たちは慣れたもんで、呆気なく、ほとんど情緒的なこともなく次の部署へと消えていきます。

消えていく、という言い方は僕ら役所の外の人たちの言い分で、彼ら的には階が変わる程度なんでしょうね。

でも、階が変わっただけで一生会わなくなる人が大半です。

移動のたびにマッチングがはかられるわけですが、悲しいかな合わない人には合わないんですよ。全員と合っちゃう人の方が人格的に疑わしいですけどね。

マッチングって非常に重要なことだと思いますが、どちらかがちょっとずつ近づいたり離れたり、曲げたり、許したりして。ちょうど満員電車の中で立ちやすいベストポジションを探るようなことして、生まれれるわけですよね。

長年連れ添った夫婦間にだって遠慮や尊重はあるわけですから。

まとまりませんが、移動は空間を変えるからドラマ(転機)が生まれるんだなと。

引きこもりは空間を変えないからドラマが生まれないんだなと。

ますますまとまりませんが、どうしてこうなるのか自分てよくわかったので終わります。

Today's BGM is
Electric Light Orchestra/ZOOM
Zoom_b00005kg66 2001年のあんまり売れなかったアルバムです。僕はELOはあんまり好きじゃないのですがリーダーのジェフ・リンがプロデュースしたトム・ペティのこれとかジョージ・ハリスンのこれとか、後はビートルズ・アンソロジーの仕事とか一連の作品と彼のソロ・アルバムArmchair Theatreが好きで。これはジェフがプロデューサーで有名になってからのアルバムです。これを含めジェフ・リン・プロデュース作品のベスト盤を作ろうかと思ってます。昨日誕生日でバカボンパパと同い年になりました!

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2010年3月23日 (火)

「未来」の時間を持っていますか?

シェアするココロは創業が去年の5月18日。サイトの立ち上げが7月20日。ドタバタと食らいつくように仕事してきました。

それはそれとして、年度末は3月であり、4月から22年度が否応なしにはじまるんです。

区切りの時期ですが、それはそれとしてという強制力に抗いたい気分なんです、「ちょっと待ってよ、まだ一年経ってないじゃん」と。

しかし、世の掟には逆らえませんので区切るとしましょう。ちなみにどこで区切るかは会社の登記の際に任意で決めれたと記憶してます。

仕事には、過去(反省)、現在(実行)、未来(計画)という三つの時間軸がありますよね。

たいてい偉い人は未来を見据えて、現場が現在を回すというのが企業の常だと思います。

Googleなんかがすごいのは、みんなが未来を見据えててすごいのですが(20%ルールでしたっけ?)。

かといって今を疎かにするわけにはいきません。特に食えるか食えぬかの瀬戸際な立つ企業にとっては!

しかし、みんなが未来を見据えていないと組織としては、指示を出すものと受けるものに二分化し、どちらにも鬱憤が溜まるでしょう。僕はどちらも経験しているのでよ〜くわかります。

本年度のシェアコロは、やったことがあるとかないとか置いといて、とにかく目の前のタスクを全員野球という言葉のように、みんなで片っ端からやっつける「現在」に猛進しました。

「過去」の反省もそこそこに(オフィシャルでしてないだけですが)まさに実行・行動あるのみ。習うより慣れろの世界です。

お陰で、一人ひとりのキャパが広がり、スキルも上がり、いろんなことが短い時間で、よりいい仕事ができるようになってきたように思います。

まあ、「未来」の時間をどこかで設けたので「現在」があったわけですが、その「未来」は来週だったり来月だったりと、ホントにまあ近い「未来」であって(苦笑)。

ここらで「未来」の時間をしっかり作らないとなあと思うのです。だからちょっと待ってよ、なんです。

皆さん、「未来」の時間持ってますか?これはどう捻出するかなんだと思います。

結構、呑みの席でいい「未来」の時間を持ててるんだけどね。ほとんど戯言なんで。

「未来」の時間の確保。来年度のテーマにしよう。

Today's BGM is
George Harrison/All Things Must Pass
41nght0452lミクシイに書きましたがスライドギターの練習をなかなか上手くなりませんがしています。で、手本としたいアーティストの一人がジョージ。舐められがちなギタリストNo.1なんじゃないでしょうか?「ナメんじゃねーぞコラ!」と故ジョージに代わり言いたいです。耳を済ましてちゃんと聴いてごらん、ジョージのギターを。ジョンとポールに挟まれ続け、最高のバランサーとなった寄り添うようなギタープレイを!年々好きになっていきますね、僕は。

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2010年3月18日 (木)

需要と供給の狭間で売れ残った新卒者たち

今年の春、村で収穫されるキャベツは160個(就職希望高校生16万人)で、食べたがっている人は170人(求人数17万人)です。

一人一個は食べられそうですが、去年よりもキャベツを買う人たちにお金がないので、買おうと思ってる人は半分近く減ってしまいました。

どうやらテレビで聞いたリーマンショックが関係しているらしいです。

キャベツたちは食べてもらえるかちょっと心配です。

さあ、全国いっせいにスーパーの棚に並べられ、キャベツたちが売られていきます。

食べたがっていた人の中には、急にお腹が痛くなったり、用事が出来ちゃったり、お金を別のことに使ってしまった人もいて、まだ50人以上の人がキャベツを買っていません(内定率)。

売れ残っていくキャベツたちは気が気ではありません。自分をよく見せようと必死に努力しています。

食べる人たちも少ないお金をやり繰りして買うので、選ぶのには慎重です。

両手でキャベツを持ち、身の詰まった重い方がどちらか、いい色の柔らかそうなキャベツはどちらか、品定めに余念がありません。

お店の人があの手この手でキャベツを売り込みます。

そしていま、まだ30個(3万人)のキャベツが売れ残っています。このままでは豚の餌になってしまいます。

彼らはいったいどんな運命を辿るのでしょうか?

…………………………

まあ、あんまり良い例えじゃないでしょうが、いろんな問題定義が含まれているような気がします。

この場合、身の詰まった見てくれのいいキャベツを作るという生産者側(教育)の努力を考えるのか。

消費者の需要を煽る景気対策(産業=雇用)が先決なのか。

そういう需要と供給の話しになりがちですが、彼らはキャベツ(商品)ではなく人間なんだよなあ。

高校生の就職内定率、12月末時点で74.8%・「就職氷河期」よりは良好だが前年比下落率は過去最大

大学生の就職内定率 氷河期下回る 過去最低

Today's BGM is
Bob Dylan/Saved
Dylansavedcover 今、この瞬間、ディランは日本にいるんですよ。今日辺りは大阪でしょうか?僕は「そうだ、普段聴かないディランを聴こう」というキャンペーンをMixiで張ってます。誰も賛同してくれませんが(苦笑)。いろいろ聴いてますが、やっぱダメだなあと思ったのは『ディライン&デッド』ぐらいであとはやっぱいいなあ。80年代の音に食わず嫌いがあるんだけど、それを超えてくる曲の良さがあったりして。これはマッスルショールズっす。演奏がいいし、ディランもノッてる。お勧めします。

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2010年3月15日 (月)

揺るぎあるバイブルを作りたい

ひきこもりやニートを経験した若者への支援を、偶然はじめたのですが、ずっとしているのです。

僕ら支援者は、ある意味で未曾有の経験をしているのに、そのずっとやってる経験が、ザルのように抜けてく気がします。

僕だけですかねえ?

職人みたいな仕事だから継承することが難しいということもあるし、職人の口下手はこの業界にもあるような気がします。

だから、疑うことを知らないタイプの臨床心理士の方などと話してると、たじろぎますよ僕は。

なんなんだ、この揺るぎない確信は…、と。僕は揺らぎまくりなんで。なんでこんな仕事してんだろう、という根幹から揺らいじゃったりして(苦笑)

そういうブレのないタイプの支援者はバイブルを持ってて、僕は持ってない。そういうことなのかなあ、と最近感じます。

多分、終わったと思うとすぐに目の前にまた新たな困難を抱えたクライアントが登場するので、正しくは長期記憶の底の方にどんどん死蔵されてるんだと思います。

このブログを長く御愛読下さっているココロリアンの方(今、考えましたが安楽死をイメージさせるという理由で多分却下されると思います)には、この「死蔵」という言葉にピンと来るかもしれませんね。

シェアコロ立ち上げの前にぐちゃぐちゃといろんなことを考えてた頃、死蔵したアイデア(主にワークショップ)をウェブ上でシェアしながら、それを新たなアイデアに作り替えれる仕組みを提供することが、シェアするココロのビジネスモデルだったのです。

簡単に言うと「後で食べようとリスが土の中にドングリを隠したけど隠したことを忘れちゃってて、あっ!?そういえばあそこにドングリ埋めたよなあ。うんうんそんなのあったなあと今思い出したんだけどもう今はお腹いっぱいだから誰か食べていいよ」ということをウェブ上でしようと。

え、簡単じゃない?いやいやこりゃどうも(植木等風に)

書きたかったのは、この間、面接ロープレを実施してて、ルールがあると俄然力を発揮するタイプと、ルールがあると途端にぎくしゃくしちゃうタイプがいるよなぁ。

って、ことだったんですが…。

どうしてこうなったのかなあ。

そうだ、その死蔵した記憶を掘り起こして、ちょっとバイブルを作ってみようかなあ、と思ったんす。

ただし、このバイブルの道は一本じゃないし、ゴールもまちまち。ある意味で葛藤というブレを意図的に生む作りになってるんだけど、ブレという不安げなフィーリングにアクセスすることでMORE BETTERを導き出す、というコンセプトのバイブル。

書きながら強制的にアイデアを排出してる様を実況中継してます(笑)

以上、現場の石井でした。

Today's BGM is
細野晴臣/はらいそ
73faecf1_2 ところで、最近「MORE BETTER」を頻繁に使用してますが、これはハリーのYMO一歩手前、トロピカル三部作のラストを飾った『はらいそ』の最後のに、ハリーがバタバタと遠くからやってきて言う「この次はMORE BETTERよ!」が僕なりの元ネタです。それにしても演奏が上手い。出たばかりのシンセを程よく使いつつ、世界に通用する演奏を効かせてくれる。ここでシンセに味をしめて次作のYMOで爆発するんだなあ。ハリーよ、長生きしてくれよ。

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2010年3月 9日 (火)

成り行き格差

「市民ケースカンファレンス」というワークショップを、先週末に調布市で行われた「えんがわフェスタ」でやってきました。Image949

これは、ケースワーカーとか医療関係者、僕ら若者支援者なんかが日々行っている、利用者への支援が効果的に行われているか等々、支援(治療)方針をディスカッションしているのを、市民の方にも一般ピープル目線で参加てもらうというワークショップです。

ちなみにこれをコンテンツ化したのがハマトリアム・カフェの「ラウンジ・ミーティング」です。

今回は、事前にプロジェクターを使って若年者の雇用環境の変化をデータを中心に解説し、理解をしてもらい、その後にひきこもり経験者の体験談を僕との対談形式で聞いてもらいました。

これは弊社のハイパー非常勤inamyのデビューだったのですが、赤裸々に語ってくれたし、会場からの質問にも答えたりして、なかなかいい時間でした。

そういう経験をした人たちには、いろんな形の禊ぎというのか、オトシマエの形があると思うのですが、対象はともかく、話すということは、大切な行為だと僕は思います。

そして「市民ケースカンファレンス」では、アキラという、父親のリストラで大学進学断念→普通高校で技術なし→就職難→やりたいこともない→フリーター→正社員になれない…、という若者の架空のケースをグループに別れ語り合ってもらいました。

そう、これは一個前の記事で書いた後者のケースであり、僕が最近高校でよく出会う若者たちの象徴のようなキャラ設定です。

「市民ケースカンファレンス」では、支援者が対応に行き詰まったケースをフラットな生活ベースの市民の意見により打開策を見出だすという裏テーマがあり、まさにこれは、僕が相談を受けたら、ツライだろうなあというケースなんです。

定時制高校なんかは、こんなケースばかりですよね。先生方のご苦労をお察しいたします。

印象に残ったのは60代の女性がポツリと言った「成り行き」という言葉。

僕の人生なんてまさに「成り行き」だよなあ…。アキラも「成り行き」に身をゆだねてれば、なんとかなんのかなあ?

いや、ならないくさいですよ、御婦人。

「何気なく降りかかるモノの質的変化」が、減っちゃってるんですよ。(う〜、この“モノ”の中に言いたいことのすべてが含まれてる気がするぅ〜、そりゃなんだろなあ?)

その「成り行き」という非常に受け身な状態で起きるであろう転機の確率の差が世代とか時代の格差であり、ここの不公平の積み重ねが経済格差になり、教育格差につながり、人生そのものに影響を与えているんだと思います。

ああ、なんかまたデカイものにぶつかったなあ。

ちなみにアキラは最後に正社員になるというハッピーエンドな設定なんですが、参加者から「正社員がハッピーエンドだという設定自体がこの国のおかしいところである」なんていう、まさにベーシック・インカムという言葉が発せられたんですよ…。

ことがでかくなってますよ、皆さん。議論、対話が大切です。

Today's BGM is
真心ブラザース/Good Times
3199070466 なんとなくYo-Kingの声が聴きたくなる日があるのです。そんな日はどんな気分かというと、ちょっと青臭い駆け出したいような気分、とはいえスカッとした感じではなくモヤっとした感じ。でも走ると喘息出ちゃいそうだよなあ、なんて気分。まあ、真心でも聴くかあみたいな。桜井氏は嫌いじゃないが、そういう気分の時には邪魔だったりするんですけど(ファンのかたすみません)。シェアするココロ。「心」繋がりなのです。

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2010年3月 5日 (金)

自由ってなんだろう

青臭いタイトルでお恥ずかしいのですが、この間紹介した広井良典さんの『定常型社会』の中の下記の引用箇所がずっと引っ掛かってて。

自分の中のロックンロール的な「自由」が音を立てて崩れていったのです。

僕はしばらく、この瓦礫の中からゴールデンリングを探すことになるでしょう。

以下長い引用をお許し下さい。まだようやくすることができません。

ここに二人の高校生がいたとする。一方は、経済的にも比較的恵まれた環境に育ち、大学への進学、海外への留学、あるいは進学せず、職人的な仕事を目指す等々の選択肢の中で迷っている。
他方は中学時代に父親を事故で亡くし、大学進学は困難で、何らかのかたちで自ら生計を立てていける進路ないし職業を探さなくてはならないという状況にある。
さて、この二人について見たとき、そこで「機会の平等」ということが十分保障されていない、ということは言うまでもない。では「自由」はどうか。
二人に対して「干渉しませんから“自由”にやって下さい」と言うことはできる。その限りでは両者はともに「自由」である。けれでも、当然のことながらその「自由」異名内容はまったく異なっている。つまり、(与えられた選択肢の中で)「好きなように」という意味で「自由」ということが言えたとしても、その場合の選択肢そのものが大きく異なっているのである。この場合「選択肢」の大小ということは、すなわち「潜在的な自由」の大小と言い換えられるだろう。つまり「自由」ということを放任とか「好きなように」という意味ではなく、その人が選びうる選択肢の広さという意味での「潜在的な自由」として捉えるならば、いまの例での後者の場合に十分に保障されていないのは他でもなく「自由」である。
「自由」ということを「潜在的な自由」という意味で理解するならば、「機会の平等」の保障とはすなわち「(潜在的な)自由」の保障ということと同じである。

僕は今ブルース・スプリングスティーンを聴きながら「自由」について再び考えている。自分の子どもたちには自由がないのかと…。

いくつもの河を渡り、いくつもの山を越えたのに、夜になるとアイツがやって来て俺の枕元でこう囁くんだ。

「俺から逃げることなんてできやしないぜ、諦めるんだな」

外すことのできない足かせ、背中に焼き付けられた刻印…。

ロックンロール的なメタファーとしてこのことは ロバート・ジョンソンの時代からずっと叫ばれ続けてきたことだと、ボスは言う。

瓦礫の中に何かが光っている…。

僕はなんとも自然なかたちで。まるで、誰かに誘われたかのように「ベーシック・インカム」に辿り着いた。

まさに、計画された偶然である。

Today's BGM is
Bruce Springsteen/Greetings from Asbury Park, N.J.
Greetings20from20asbury20park20nj ボスの73年のデビュー・アルバムである。多くのカリスマたちがそうであるように、ボスもまたはじめから本物である。「荒削りなEストリート・バンド〜」という解説があるがそれは偽りで、「お行儀の良い」が正しい評価である。哀しいかな僕は何を言っているかわからない(このことにはいつかしっかりとケリをつけよう)が、振動レベルで僕の何かと共振する声、抑揚、メロディがある。世界中の人がこの手紙を受けとり返せずにいるのではないか?

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2010年3月 4日 (木)

若年無業者が困難を抱えながらも中間的な就労を実現させる手段を考える

若年無業者が困難を抱えながらも中間的な就労を実現させる手段としての在宅ワークの可能性を探る『在宅ワーク・アカデミー』というイベントを開催した(やっとすっきり説明できた気がするなあf^_^;)。

大枠はかなり赤裸々に記事にしてあるのでこちらをご覧いただき、もっと引いた視点からの話しをしてみたい。

前もって言っとくと、僕は“ほぼ肯定派”です。

なので支援者が懐疑的になるのもよ〜くわかる。

もしも自分に上司がいて「今度うちの利用者に在宅ワークをやらせるからさ。おまえ責任者ね、よろしく」なんて言われたら、「何考えてんだうちの社長は。やっとひきこもりから出てきたのにまたひきこもらすのか!?」とかって言ってたでしょうね(苦笑)。

でも、よく考えると。

これは「在宅ワーク×ひきこもり」というミスマッチではなく、「在宅ワーク×僕らの勤労観」の問題なのではないかと、昨日のアカデミィを聞いていて思っちゃったわけです。

もしもですよ。高校三年生の息子が「俺、就職しないで在宅やるわあ」と言ったらどうですか?

「ちょっと待て」ですよね(笑)

今、イチローが週に一日は在宅ワークをなんてCMやってますよね(正社員の勤務形態なのでズレますが=議論がこんがらがる一因はこれ)。

国土交通省も在宅ワークを支援しているんですが、これは通勤に伴うCO2の削減とか環境という切り口で在宅ワーク推進派なんです。その他にも厚労省とか、国をあげて推進派なんですよ。

でも実際、企業でどの程度在宅ワークを導入できているのか。それがこのデータ。

まあ、予想通りかなり苦戦しているんです。これは日本人の勤労観に在宅ワークが馴染まないのではないかなあ、と思うのです。

ざっくり言うと「在宅ワーク=サボり」というパラダイムがある。

で、この勤労観がネックになる似たものとして「ベーシック・インカム」が挙げれるのではないかと思うんです。

「働かざる者、食うべからず」という徹底的に僕らに刷り込まれた価値観が、それを飲み込もうとするんだけど、喉に引っ掛かり押し戻そうとするみたいな。

だから、「自立=会社に行く」なんですよね普通。だから自立支援というスタンスからの反発がある。

でもこの議論は既存の自立をベストとしながら、新しい自立の形である“ベター”を模索する取り組みなんですよ。ようやく僕も議論しながら咀嚼と反芻を繰り返し飲み込めてきたんですけどね。

いや、社会経験がほとんどないひきこもり経験者の在宅ワークのリスクは十分わかってて。

でもこれはカリキュラム化で越えられる壁だと思います。

何度も言いますが、これをバネに一般就労を果たすのがベストです。

今回の“中間的就労”というテーマでいうところのメインターゲットは、カリキュラムとしてはこなせるけど、その後の一般就労の道がなかなか険しいぞ、という人たち。

そんな彼らのベターな策になるものの模索であり、現状でもっとも現実的なのが在宅ワークだと僕は思います。

他のスキームの模索もし続けるべきです。行政との事業はこの辺と、その可能性が浮上しても方向転換の舵切りが難しいのがネックです。

そして(この間の本田先生的に言えば)本体が動き、なんらかの社会保障がつくまでの“命を繋ぐ”ための手段という発想が必要だと思う。

在宅ワークは目的ではなく手段であり、本当の目的は違うよね(こっちの議論の方が早急に必要)。

ただ僕も“ほぼ”なんで。後は、試しながら不安や不満を解消できればいいと思います。

Today's BGM is
小野リサ/Look To The Rainbow-Jazz Standards from L.A.-/Cheek To Cheek-Jazz Standards from RIO-
51ixfn210fl_sl500_aa240__2 一時期の流行りのせいでいったん飽きちゃってましたが、この二枚をシャッフルして最近よくBGMとして聴いています。随分、アダルトですよ~。実際アダルトになられているのですが。洗練されたAORとして十分楽しめるクオリティの高さです。コーラス・ワークがゴージャス&パーフェクトなのが好みが分かれそうな気がします。僕は昔聴いていたマンハッタン・トランスファーみたいでありかなと。僕は意外な感じでLAの方が好きです。

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2010年3月 2日 (火)

高卒就職者へのキャリア・アップ教育について その3 「人間の三世代モデル」とその変容

横浜のユースアドバイザー養成講座の津富先生(ラブリーな方です)の回で紹介していた、広井良典氏の著書『コミュニティを問い直す』が、非常に刺激的だったんで、『定常型社会』を続けて読んでいる。4004307333

これまで個人的に蓋をしてきた臭いものがすべて詰まったような2冊である。

しかし、案外臭くなく、食べてみたらいけるぞ、みたいな本。というか切り口がいいんだなあ。

『定常型社会』は01年の出版であり、激変する今日にあっては随分ピント外れな部分もあるのかと思いきや大間違い。

ある種の予言書とも言える内容で、今読むと、ある意味で政治的な対応の遅れを浮き彫りにしているという思わぬ効果をジワジワと発揮している。

その中にあったのがタイトル。人間のライフサイクルを「高齢者−大人−子ども」の三世代にセグメントして、社会保障のベースにする考え方。448006501609_pc_ou09_sclzzzzzzz__2

人間の特徴は高齢期が構造的に長く、さらに長寿社会が老人の時期を長身させ、高齢者のなかにも「前期高齢者」と「後期高齢者」が分けて語られるようになっている。

同時に、人間は他の生き物のようにいきなり「大人」にならないので「子ども」の時期も長い。

要するに人生を「働(納税者)」と「遊(学)」に分けると、生産性や生殖に関わらない時期が前後に長く存在する。

社会保障の基礎となる「働」のパイの減少と、前後のパイと時期の拡大が税収のバランスを崩し、これをどこから調達し、運用するかということが書かれているわけだけど、そこは置いといて(あ、また蓋をした!)。

若年者就労支援の立場から気になる指摘として。

子ども時代も高齢者同様長期化しており、「前期子ども」「後期子ども」になっているのではないかという考察。

これは、支援現場では思春期の長期化としてよく語られるテーマではあるが、税収との絡みから社会保障を問い直す中で考察されているのがなるほどである。

でもってこんなこと言っている。

「後期子ども」とは、中高、大学を経て30歳前後までを含み、「働」と「遊」の複合形態が重要になる。これは「前期高齢者」も同様。

この「働」と「遊」の複合(中間的)期がまさに、若者の自分探しの時期といえるわけで、前期高齢者にしてみれば、恐らく団塊世代の地域への再デビューのような課題が浮上しそうだ。

まあ、何が言いたいかというと、親の経済事情で早期に社会におっぽりだされる青年たちが社会との齟齬をきたすのは、当然だよなあ、という嘆息が出たという話し。

僕は、ここでもう一度言いますが、『27歳までに2回の転職で天職に就く』という「軌道修正型キャリア・プランニング」(最近考えました)をセオリー化していきたいなと、改めて思った次第です。

でもってCDAの二次試験が落ちっぱなしなのに、テキストに掲載されるという形でのコンプレックス克服をしたい!なんちゃって。

広井さんは僕と同じ40代なんですよ。あとがきに、自分の世代を分水嶺として「定常化社会」への受け止め方が真っ二つだと書いてて。

団塊の世代は「ゼロ成長なんか有り得ない」と、どうやってそんな社会にやり甲斐を見出だすんだと反発が強く、若者からは成長だけが幸せではないという意見。

自立塾の話しで書きましたが、我々は次世代を担う若者の発想にシフトしていくべきだと個人的には思うし、広井さん同様、僕ら世代から変わるんだと思う。

Today's BGM is
Trojan Box Set
41wcszy8tgl_sl500_aa240_ 朝から気分悪いので、音楽だけでもノーテンキなものをセレクトする。こういうこだわりのない音楽とうか、屈託のないというか、何かが「ない」音楽というのはいいなあ。おおらかな気持ちになれる。SKAを聴いていと、特にコーラスワークを聴くとアメリカ音楽がジャマイカンたちのトランジスタのアンテナに引っかかって誤変換を起こした音楽なんだと納得する。早く夏よ来い!

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