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2010年8月の8件の記事

2010年8月31日 (火)

シェアコロ合宿初日

シェアするココロ初の合宿を一泊二日で、この間エントリーしたここに行ってやってきました。

急遽、みんなの知ってるあのバンドのワンダフルなギタリストの方の取材が入り、少しバタバタしましたが、結論から言うとやってよかったです。あ、記事はお楽しみに!

この合宿は、スタッフ一人ひとりの主体性が大きなテーマになると感じていたので、五人のスタッフがペアを組み各パートを企画し、ファシリテートするというものにしました。

初日は、様々な経歴、人生経験を持ったスタッフ同士が、お互いをより深く知ることを目的とした、出会い直しをテーマにしたワークショップ。

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知ってるようで知らないこと。シェアコロにたどり着くまでの物語りがいろいろあるわけです。

これからの物語りのうち半分近くを一緒に過ごすんですから、もう一度相手に人間的関心を持とうよ。そういう感じ。

これを企画するのは、ワークショップの企画が初めてのライターの古屋デザイナーの横山(フルチンとヨコチン)。

彼ら異業種組が、この業界にどのような形、スタンスでコミットするのかは、シェアコロにとって、いや、ひょっとするとこの業界にとって大きなキーポイントになるのではないかとさえ僕は考えているんです。

そんな彼らがワークショップを企画することの意味は大いにあって、密かに彼らが何をやるのか、ワークショップ企画体験組は期待してました。そしてそれは期待を裏切らない素敵なワークでした。

「パソコンを立ち上げて最初にすることはなに?」などの一見素朴な質問から、その人のパーソナリティや職業観が浮かび上がり、お互いの個性を確認しあうことができました。

修羅場体験を告白し合うとかねw。

この質問ゲームが夜の宴会?にまでなんとなく余韻を残し、焼肉を焼きながらスタッフ同士がずっとこの続きを話してました。

アルコールの浸透とともに、恋愛観にばかりスポットが当たってたけど、納得な一面と意外な一面の交差が楽しかったです。

楽しすぎて、ついつい僕の持参した芋焼酎を飲み過ぎてしまいました。

どうやら僕が執拗に行きたがったらしい「冒険」に行った…。らしいのですがほとんど記憶がない…。

翌日は僕と古屋が二日酔いで…。写真は、遠くにいるのが古屋。手前にあるのがきゅうり(Photo By Oda)。

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これは大反省です。来年もやりたいなあと思っているのですが、お酒はほどほどにします。ちなみに、実は一枚目の写真は二日目で、手前左で頭を痛がってる様子が写ってます(苦笑)。

つづく

Today's BGM is
Rico Rodriguez/Ricos Message
51e1zxqh80l_sl500_aa300_リコのトロンボーンが好きかと問われたら、まあ、好きだなと答える。Tbというのはもともとすっとぼけた、クレイジーキャッツでいえば谷啓の担当の楽器だから。今で言うとサケロックのハマケン。キャラとの相性が問われる楽器なのよTb。そういった意味でキャラと合わせてリコが好き。そのキャラを際立たせるのが奏法ではなくルックスと歌なんだよなあ。この人の歌が好き。これは「この素晴らしき世界」収録のアルバム。

いや、酷いんですよ。でも歌い手さんじゃなくて、歌いたくなっちゃたトロンボーン奏者なんでww。しかし、ここまで酷いとは。

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2010年8月24日 (火)

「結果の出やすい層」と「結果の出にくい層」は地続きなのだ。

僕がこの仕事を始めた約10年前の2000年頃。僕はひきこもりという言葉を初めてハローワークの求人票の中で知った。

このエピソードは、僕がその当時属していた一般大衆層には、「ひきこもり」がその程度の知名度と問題意識だったことが物語られていると思う。

ちょっと調べてみると、斎藤環の『社会的ひきこもり』が1998年。その1年前の97年に工藤定次の『おーい、ひきこもり』が出ているので、当時の若年者問題の、今のこの業界では一般的に認識されていたことだということがわかる。

ちなみに「ひきこもりは、誰にでも起きうる事態である」という言葉が有名な厚生労働省のひきこもり対応ガイドラインが01年。

一般的には僕がこの業界で仕事をはじめた2000年当時、若者の問題といえば所謂今で言えば反社会的な若者たちと不登校で、若者が困難を抱えるということは珍しい“特別な経験”として捉えられていた。

それが特別じゃなく、「誰にでも起きうる」ということに変わったのは、ある意味行政の認識がようやく追いつき、04年の玄田有史『ニート』で一般化したんだろう。

僕はこの仕事をしたくてしたわけじゃなかったし、仕方なく始めたわけでもない。僕は本当にたまたま、ひきこもりの若者支援を職業として始めた。業界的には激レアなことだろうが、これまでの僕の職業選択はすべてこの「たまたま」だ。一般大衆的にはごくごく当たり前な職業選択方法の一つだろう。

笑っちゃうが、それだけの話で、僕はひきこもりやニートなどの若者を専門分野にし、その予防支援ということで高校生も対象にしている。自分の言葉でいえば典型的な「後天的社会的起業家」だ(先天的とは学生時代に芽生えている人)。

今、大学生の就職浪人者10万人とか、新卒者一括採用の賛否がいろいろなところで語られている。その前は早期離職の問題。それまで困難を抱えていなかった層の若者も困難層に入り、誰もが一歩間違えれば、いや、真面目にやってきていてもニートやフリーターになるリスキーな世の中になっている。まさに、若者が社会的弱者になってきている。

僕がこの仕事を始めたた当初、この仕事の説明は案外難しかった(苦笑)。今は通じてしまう。そういう時代の変化この10年であったのだ。

(暴力的で嫌だが)社会的弱者化している若者たちを大きく「質を問わず就労」というキーワードで二分化すると、仕事に就きやすい「結果を出しやすい人たち」と、仕事に就きにくい「結果の出にくい」層に分けられる(この二分化は各状態ごとにもあるのだが…)。すなわち結果とは支援結果=成果ということになる。

一般企業にしろNPOにしろ行政にしろ、事業である以上当然のこととして「成果」が求められる。事業を継続していくには、一定程度の「成果」を出し続けなくてはならない。行政が必要以上に「成果」を求めるあまりNPOが緊迫しているという悪循環も気になるテーマであるが、ここではこれ以上触れない。

長い前置きになったが、何を言いたいかというと、僕は所謂「結果の出にくい層」を専門にして仕事をしてきた。これが事業化の障壁のひとつであることは確かだが、こういうジャンルの仕切りを自分自身のなかに、この業界の中に作ることがなんともバカバカしくてしょうがなくなって来ている、このジレンマに対して何か自分の中で整理をつけたい。これがこの記事のモチベーションである。

僕ら側の人間の深層心理には「結果が出しやすい層」を対応するのは楽とか、ほっといても結果は出せるのだから「出にくい層」に注力すべし、という発想がついつい出てしまう。定時制高校などで「ヤンキー系はほっといてもまあなんとかなっていく」という発想がほぼそれに当たる。もうこういいことからどうなんだということなんだけど。

職業的専門性と、人間的関心は別になってていいわけで。人間的関心を、職業的専門性に収斂させていくときの視野が狭さや情報の狭窄は職業的致命傷になりかねないのではないか。ソーシャル・ビジネスを展開していく上では、人間的関心性と職業的専門性を曖昧にミックスさせていかないとおかしなこと(ここ曖昧ですみません)になるんじゃないかと思うわけです。

ちょっと自戒を込めて思っていることを書きました。僕は「たまたま」から始まってのめり込んだ支援者なので、こういうことが気に掛かるんだと思うけど、この特性を活かして、両者をつないでいけたらと思う今日この頃なのです。「結果の出やすい層」と「結果の出にくい層」は地続きなのだから。

後記:病院の待合室で、急患が数時間待っていた人より優先されるのは人道的に正しくて、誰も文句は言わないわけです。僕の書いた「結果の出にくい層」はこの例えでいえば慢性疾患で、「結果が出やすい層」は骨折や外傷で、瞬間すごく痛いけどまあすぐに治る。だから優先というふうにはならんし、どっちも困っている人として受け入れ、それを解決してあげなきゃいけないわけです。同じ大病院の違う科ぐらいの認識でいかないと、この先、この大病院は潰れるんじゃないかという危惧です。

Today's BGM is
J.J.Cale/Okie
ImagesJ.J.Caleは、ロックンロールの再発明家の一人だと僕は思う。この人の前にこの人のようなアーティストはいない。後にはいろいろいる。代表的なのはJ.Jの「アフター・ミッドナイト」をカバーし、ちょっと前にJ.Jとのデュエットアルバムを出したクラプトンだろう。この当時のクラプトンは自分のボーカルスタイルを模索しJ.Jを聴いてこれだと思ったのだろう。その後クラプトンの喉は快調に開いていくのだが。このなんともいえないホンワカしたビート。嗄れたつぶやきのような少ない音階のメロディ。代表作に『Naturally』が出ることが多いが、こっちから入るべき!

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2010年8月21日 (土)

支援者は「駄目なところ探し」ではなく「いいところ探し」を!

ywken 【発言録6月より】支援施設も医療機関も「駄目なところ探し」ばかりしている。(中略)そういう「いいとこ」が集約されていき、最終的にジョブコーチに情報が伝わり、職場定着のコーディネートに活かされていくような仕組みがあるといい http://bit.ly/cCSeyL #meigen

今日は、ユースワーカー研究会6月の発言録から、上記の僕の発言について、もう少し掘り下げて書いてみたいと思います。

どういう方が「駄目なところ探し」をするかというと、一言で言っちゃうと利用者の若者を「どこかで軽蔑している」人たち。単に軽蔑しているのではなく、「どこかで」なんで、この辺が厄介です。

キャリア・カウンセラー養成講座で、カウンセラーの基本姿勢のひとつに、クライアントに対する「好意的関心」ということを学び、僕は支援者マインドってこれに尽きるなあと思いました。好意的関心を抱けず、心のどこかで軽蔑している支援者を、利用者は簡単に見抜きます。僕のことをそう思った利用者もきっといるはずですが…(汗)。

彼らの、そういう嗅覚はほんと動物的で、この感覚の鋭敏さが彼らの生きにくさになっていると言っても過言ではないかもしれません。この嗅覚についてはまたどこかで書きたいネタです。

好意的関心を抱けない人たちが、利用者の「駄目なところ探し」に終始してしまう傾向があります。

若年者就労支援の支援者の行動ポリシーとは、若者の駄目なところを見つけ、それを改善や克服、慣れるためのカリキュラムを如何に他のスタッフ、時には外部協力者と協力し合い創り上げ、利用者の若者と共に行動するだと僕は思います。

だから「あんなこと言っているうちは何度やってもあいつはダメだね」で終わっちゃダメなんですよ。それでは支援者じゃないんですよ。

ちなみにこれは、お母さん的心配ばかりしている過保護スタッフの「そんなことはあの子は無理だかやらせない方がいい」というのは、結果的には実は同じ駄目さだということを強く言っときたいです。

この程よい加減を、前職の専務理事はよく「いい加減」と言っていましたが、その通りだと思います(リスペクト!)。

もう一つTwitterからの引用します。これは僕が@sachiyoneさんにリプライしたツイートです。これまで、色々な方々と支援の現場で仕事をしてきましたが、どうしても一緒に仕事ができないと思う方々がいました。

@sachiyone 論理的というのは情緒的の逆。ホントは情緒的に共感した者だけができる領域だと考える。でもそうは言ってられない。先ずは技術的(職業的)に出来るようになり、情緒的に共感する者が残るような状況を作らないとどうにもならない。そのための賃金保障がPSにある点に期待している。

ここまで好意的関心は、情緒的共感ができる人ということです。「どこかで軽蔑している」人たちが、この業界が食えるようになってきたことで、強まっているのかなと。また、発達障害等の知識が昔よりも浸透してきているから、みんなが仕分け人ではなく見立て人になり、あの人はアスペルガー、この人は人格系とかバッサバッサ見立てては「駄目だこりゃ」と言っているのではないかなあ、と。自分自身の自戒を込めて思うわけです(この辺も6月の発言録にあります)。

そうじゃなくて、「いいところ探し」を支援者はしていこう。それがなにかの形で情報が集約され、その方が仕事に就くときに、その方を担当するジョブコーチや上司やの方に上手に利用される仕組み
があるといいなと思ったのです。

同時に、こういう状態だったものが、こういうカリキュラムにこれぐらいの時間をかけて参加し、この程度まで改善した。しかしまだこのようなことは苦手さが残るとか。職務経歴書とカルテが混ざったようなものでしょうか。

ラベリングとか番号性的側面で批判もあるでしょうが、書きたかったとは「駄目なところ探し」だけじゃなく「いいところ探し」もしましょうということです。

最後に、個別対応系の支援を中心にしているところは特に「いいとこ」が見つかる、見えるカリキュラムをしっかり入れて欲しいと思います。

Today's BGM is
Bob Marley & The Wailers/Rastaman Vibration
Bob_marley_the_wailers_rastaman_viボブのキャリア的には中期の作品で、アナログのモコモコした感じに、シャリッとしたビンテージ・シンセの音、コーラスがアイスリーになって、という時期のアルバム。本当に暑い時は後期の作品や、スカっぽい初期を聞き、雨の日など湿度が高いと中期を選んでいるような気がする。一曲目のようなメジャー(陽)とマイナー(陰)の入り混じる混沌とした感じが好きだ。

このソロのない間奏部の、ゆっくりと酩酊し、どこまでも落ちていくようなスピリチュアルな感覚が堪らない。


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2010年8月14日 (土)

定時制高校にセーフティネットの機能を求めていいのか?

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夏休み、実家に帰省し恒例の千葉県の九十九里にある鵠沼海岸に行って参りましたが、あいにくの台風の影響でこの風。海水は冷たくて、膝までで限界。砂遊びをして早々に退散してきました。

さてさて、休み中ですが、休み前に定時制学校の先生方と一献交える機会があり、そこで感じたことを書いておきたいと思います。とはいえ、かなり長時間に渡って呑んでしまったので、ほぼ忘れてしまいました(汗)。

定時制高校の入試試験って、皆さんどんなもんか想像できますか?

その定時制高校にはひきこもりの生徒がいるんです。なんとかしたいよね、という話から、僕がこんな質問をしました。

「ひきこもりとはいえ、受験の際に面談はあったわけだから、人前に出で喋れないわけじゃないんですよね?」

それが喋れないのでした。

「え!?」

それで入学できちゃうのって話ですよね。

入試のテストで名前が書けなくても、面接で何も喋れなくても、とにかく誰でも彼でも受験したものは合格にさせなさい、ということなんだそうです。

これは辞めてもしょうがない人たちも合格にしなさい、ということですよね。

先生方からは、「例えば中学でさんざんヤンチャした生徒には、一年ぐらい頭を冷やす時間を設けさせ、やっぱりオレ勉強するは、となってから入学してもらった方がいいと思う」という意見が出てました。ある意味、中学と高校の間のギャップイヤーですね。これはいいアイデアだと思います。

定時制では一年で半数が中途退学していくわけですが、辞めてもしょうがないというか、学校に所属する意味すら曖昧な人たちが入学してきて辞めていく。

こうなるということがわかりきった事実の上で、ある種計画的に退学者が出ているわけです。先生方の人員配置を考えてみてもそれは歴然としています。現状でも人が不足しているのに、計画通り退学してくれなければ定時制高校は経営できないでしょう。

それなのに、定時制高校には「セーフティネット」としての機能が様々なところから求められている。その安全ネットがザルなわけです。落ちた先にはなんの社会保障もないわけです。そのザルから落ちていく生徒たちを守るのは民間のNPOなのでしょうか?

僕はこれまで、あんまりこういう言い方をしたことがないけど「ちょっとこれは絶対におかしいと思います」。

定時制高校には、定時制高校なりの厳密な入学基準を定め、然るべき基準を備えた生徒のみを先生は対象として教育していく(現状ではかなりの特殊なスキルを求められている)。社会に出れる者を確実に出していく機関にし、定時制高校に入る学力や意欲のない生徒たちを対象とした公的なセーフティーネットとしての「新たな学校」が必要になっている。

そしてそれは、単位制高校や「通信制高校」「サポート校」のような、既存の学校制度の再構築ではなく、より福祉的な取り組み、アプローチが可能な学校じゃなければならないのではないか?

書きながら危惧するのは、これは「更生施設」ではあってはならない、ということなんですが。

正直、こうして考えると、定時制が夜間である必然性が極めて希薄な気がしています。

何か、議論が始まらないと大変なことになっていく(なってしまっている)ような気がしています。皆さんは、どう思いますか?

Today's BGM is
Randy Newman/12 Songs
Randy20newman20201220songs最近、『トイ・ストーリー3』人気と、我が家のウクレレで「サイモンスミスと熊」が流行中ということで目下気になるアーティストがこの人。しかし僕はCDは名盤「セイルアウェイ」しかなく、後は全部レコードなので、今回ランディのためにレコを聴きやすい環境にリセッティングしました。その中でも聴きたかったのはこれ。名手クラレンス・ホワイトとライ・クーダーがギター。ドラムがジーン・パーソンズなのでかなりバーズよりなロックな2nd。


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2010年8月10日 (火)

法政大学キャリアデザイン学部の田澤ゼミで講義してきました。

先週の土曜日、法政大学キャリアデザイン学部の田澤実さんのゼミに招かれ、僕と織田でシェアするココロの取り組みなどをお話させていただきました。

田澤さんと僕が知り合ったのは、よこはまサポートステーションでご挨拶させていただいたのが最初なんだけど、なんと田澤さんは研究者でありながら、よこはまサポステで相談員を今も週一でしている支援者でもあるんです。

こういう現場のフィールドワークを欠かさない支援者ライクな研究者は、この業界のどうでもいい日や、あしき慣習や固定概念を食べてはイイモノに変えてく善玉菌だと僕は思います(すみません例えが菌で!)。

これからも頑張ってください。※業務連絡。12月の学会にお声掛けさせていただきました。

さて。僕は大学生を経験していないせいか、どこかで大学生を永遠のお兄さん、お姉さんに見ているところがあるんですが、さすがに僕もジジイになり、その魔法が今回溶けた感じがしていますw。

一通り僕の経歴や、NPOで経験してきたこと、シェアするココロでしていること、したいことを説明させていただき、後は全部質疑応答。

僕は大学生たちの財産になるのなら恥ずかしいことまでさらけ出して話そうという、気分は「献体」のつもりだったので、何でもかんでも話ました。

こういう経験は、僕にとっても、流されがちな日常のピリオドとしてありがたい機会なんです。

あの中から勝手に意味やメッセージを受け取ってくれた学生がいれば幸いですが、なんとなく、そういう、背中を見て感じろ的な手法というのが難しくなっているのかなあ、ということもひしひしと感じます。

この辺は、感想を送っていただけるとのことでしたので、楽しみにしたいです。

一緒に飲み会にも参加させていただき、非常に楽しいひと時を過ごさせていただきました。

こっちの方が学びが多かったかもですねw。

印象的だったのは「自分たちは“ゆとり”と言われているが、その前の人たちと比較できないから、何が“ゆとり”なのかがわからない」という言葉。

相対的に比較されてもちんぷんかんぷんなんだろう。そりゃそうですよね。しかも、彼らが選択したわけではなく、バブルが弾けた祭の後で、「生きるってそういうことじゃなかったよね」という大人たちが猛反省した結果に出てきた「本当はこう」が“ゆとり”だったはずだと思うのです。

それが今“ゆとり”は、企業や世間が使えない若者を指す蔑称として用いられているような気がします。

ゆとりを与えておいて、その人たちが出ていく社会にはゆとりがない…。

10万人の大学生が職に就けない。

飲みながら「“ゆとり”は人体実験だった」と言った学生がいましたが、本当にそうかもしれない。

僕は今、経営者としての経験から学び、気付きはじめているのは、「テンパった時の判断は後悔する」ということ(苦笑)。

まあ、僕のちっぽけな経験ですが、バブル崩壊後のテンパった大人、議院たち、小泉総理以外はみんないつ辞任するのかばかり考えたテンパり総理たち。今の総理も相当テンパってますが、そういう長期的な視点が持ちにくい状況に置かれた人たちの場当たり的な政治、経済戦略は、いい加減やめてもらいたいですね。

そして教育(者)のブレや迷いがそのまま若い人たちのブレや迷いに繋がっていることを自覚して欲しいと思しました。

若い人たちへ、茂木健一郎さんが、ツイッターからエールを送り続けていますね。僕もそんなことができたらな、とか、そんな人たちのハブになれないかな、なんてことを考えています。

Today's BGM is
The City/Now That Everything's Been Said
Now20that20everythings20been20saidキャロル・キングがソロでSSWとして当たる前の1968年に、その後もずっと一緒にやり続けるダニー・クーチ、チャールズ・ラーキーとやってたユニット。『つづれおり』何かと比べると、よりキャロキンのルーツ的ティンパンアレー感が出てたり、バンドっぽい音作りがなされていますが、キャロキン・ファンをがっかりさせるものではないので、『つづれおり』しか知らないファンは、その後を追うよりもこっちに手を出すべきだと思う。


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2010年8月 8日 (日)

シェアコロ合宿下見。

今日、NPO法人文化学習共同ネットワークの隠れ家!?津久井にある、築170年の風のすみか「ニローネ」にお邪魔してきました。
ちょうどブルーベリーの収穫をしていたようで、生まれて初めて摘みたてのブルーベリーを食べました。その後で、作りたてのジャムを同法人が作っているパンでいただいたりしました。
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なんとも異空間。それは橋本駅から30分足らずという苦労の無さがワープしたというか、タイムスリップしたような錯覚を与えるからなのでしょう。こういう所に来ると、人は自然と和気あいあいとするものだんあだろうなあと思った。

Image989_2今月の25〜26日でシェアコロで社内合宿を企画していてその下見。イベントと重なって、理事長の佐藤洋作さん夫妻にパラステのメンバー、現地スタッフの方々や協力者や利用者の方々とたくさんいらっしゃってびっくり。採れたてのブルーベリージャムを頂いたり、マクワウリという瓜を頂いたり、ディジュリドゥーを吹いたり、タブラを叩いたりしてきましたww。

素敵なところだったあ。

やっぱり人には、空気や場所を変えるという切り替えが必要で。事務所からカフェや居酒屋等、場所が変われば話題も変わるわけですが、なかなか田舎、古民家というシチュエーションを持つというのは難しいですよね。最高の贅沢なんじゃないでしょうか。

僕らは、佐藤理事長のご好意でここで合宿をします!

かなり前から事業計画を練った割に、「ハマトリアム・カフェ」の受託でグシャッと開始してしまった僕らシェアするココロが、二年目のリアル・スタートを切るために、そもそも論をガッツリしたいということで誰ともなく企画されました。

泊まりが難しいスタッフもいますが、充実した二日、今後シェアコロの5年間の礎となる二日間を過ごしてきたいと思います。

Today's BGM is
有山じゅんじ/Thinkin' Of You
B0001j0efq09lzzzzzzz僕は上田正樹とかサウス・トゥ・サウスとか知らなくて、上田正樹は「悲しい色やね」ぐらいで。有山さんのことを最近まで色物っぽく見てしまっていました。でもギターの腕は確かだし、いったいどんな経歴の人なんだなろうと思いながら、なぜか寒くなるとこれを聴いてて。それが下のYoutubeで「オレの借金で全部でなんぼ」をたまたま見つけ、そこから芋づる式に好きになって。なんで憂歌団は届いていてこの人たちは届かなかったんだろ?今はすごい好き!

これと「スモーキン・ブギ」と「おそうじおばちゃん」は同じルーツを感じるww


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2010年8月 7日 (土)

神奈川県教職員対象夏季講座の講師を勤めてきました。

二日に渡り、高校の先生方を対象に「働く」をテーマにした講義を受け持たせていただき、シェアするココロが学校で行っている、キャリアガイダンスやワークショップについて説明と指導をさせていただいた。NPO法人神奈川子ども未来ファンドの米田さんブログをアップしてくれました。

勝手に30〜40代若手、同年代の先生方をイメージしていたが、50〜60代の先生方だったので、ちょっと驚くとともに、ビビった。

正直に言うと「この世代の先生方には受け入れてもらえないのではないか」と勝手に思っていたのだ。

しかし、これは杞憂だった。やはり、こういうものに申し込んでくるだけあり、本当に志しが高い先生方だった。

あるベテランの先生が最後にこんな感想をみんなの前で話してくれた。

「長年、進路指導を受け持ち、爪を切れだのお辞儀の角度だのを指導し、企業の求める規格に生徒を圧し嵌めるようんな指導をしていて、こんなことは意味がないのではないかと、自己嫌悪に陥りながら指導してきたが、二日間講義を受け、ワークショップを体験し、生徒の気持ちに寄り添う、こんなやり方があるのかと知り、蟠りが溶けた気持ちです」とおっしゃっていただいた。

ちょっと美化し過ぎたかなw

このような言葉を頂き、シェアするココロとして葛藤や逡巡を繰り返しながら、ゴスペル・ハイウェイでぶっ飛ばしながら練り上げたカリキュラムが、先生方に受け入れられた瞬間だった。

ここに集まった先生は学校の中ではマイノリティーな方々だということは重々承知している。

それにしても僕は希望を感じた。恐らく、僕の人生に影響を与える二日間になったと思うし、シェアするココロのエピローグを飾る出来事になると思う。

そして同時に、先生方から学校内での組織経営的課題も多く伺わせていただいた。

山は険しく高い。

しかし、今回の会場となった神奈川県高等学校教育会館のように、近道するとジェットコースターのようなアップダウンになるが、ちょっと遠回りをすれば、実はあまり知られていない平淡な道もある。非常にローカルな例えで恐縮ですf^_^;

今回はそんな道の可能性の示唆も多く与えていただいた。

このことについては、その事実に何とか首を突っ込み、解決策を探っていきたいと思う。

今回の1番の収穫は、学校には金がないんじゃなく、先生がそれを知らないだけということがかなりある。ということ。

先生よりその情報に精通すれば、セミナー実施の道は拓ける。

Today's BGM is
キリンジ/オムニバス
Image_157これはいい企画アルバムである。一曲目はクイーンで一番大好きな「足の太い女」をカントリーチックに。個人的にはランディー・ニューマンの「サイモン・スミスと踊る熊」が珠玉で、なんとかこれをウクレレでカバーできないかともがいている。ベースになるコード進行はシンプルなのだがこの雰囲気はなかなか。でも、絶対モノにしたい。ランディー・ニューマンは、iPodのスライドショーのBGMにも使われている
し、トイ・ストーリーのエンディングもそうだし、ノスタルジックなあの感じが実年齢に近づいたんだろう、すごく油が乗ってきている。

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2010年8月 3日 (火)

【仮説】「サポステ利用の初動年齢を18歳まで下げると多少若年者就労問題は解決する」

シェアするココロのしている若者支援の、特に高校生への支援の目的として、常々考えていたことだけど、ちょっとステキな仮説に思いが辿り着いたので書いてみます。

恐らくこの仮説にはいろんな人がすでに気付き、実践をはじめているし、取り組みもはじまっているソレ。

そのソレってコレのことだよね、というわかりやすい仮説がコレ(わかりにくくしてしまったw)。じっくり検証しながら書いていきたいと思う。

正直、うちの職員に思い付きを話したら、またかよ的なイマイチな反応だったのであまり自信がないのですが…。

こういうことに屈してしまわぬ強いココロで頑張るですw。

横の図は、所謂一般的な地域若者サポートステーションの来所者の年齢別利用者数である。Image945

簡単に傾向をまとめると、対象年齢15〜40歳中、24歳頃から急激に利用数が増え、27歳から30代前半くらいが最もコアな利用年齢層になっている。

逆に言えば、15歳から23歳頃までの年齢層はあまりサポステを利用していないといえる。

よってグラフのような右肩上がりのグラフができる。

僕の仮説はコレ。Image946

「もしも、15〜23歳の年齢層の利用数が上がると、24〜35歳の利用者数が減り、右肩下がりのグラフになるんじゃないか」。ちょっと待てよ、総数は変わらないじゃないか、と思う方がいると思いますが、就労決定率は年齢が高齢になるにつれて難しくなっていくということと、困難事例も増加すると思いますので、総数が上がっても総数の平均年齢が下がることは支援がしやすく、効果の見込みが高くなると言えます。

ということ。だから「みんなで力を合わせて初動年齢を18歳まで下げようよ!そうすれば、多少若年者就労問題は解決する」ということなんです。あくまで仮説ですが。

では、なぜ解決するのかの前に、まずは、利用者がなぜ24歳頃から急増するのかを考えたい。

これまで僕は、単純に「危機感の芽生え」だと思っていたし、多分これは当たりだと思う。現に「このままじゃヤバイと思い…」という当事者の言葉を嫌というほど聞いてきた。

なぜ24歳が危機感の芽生えの年齢なんだろう。高校を卒業して6年。大学なら2年のフリーターないしニート経験という年齢。新卒一社目が合わず退職後に次が決まらない…。多少なりとも結婚とか将来をより真実味を持って考える年齢だろう。

本人の危機感と合わせて考えなければならないのが保護者の危機感だろう。と、まあ24歳危機感説を検証していても埒が明かない気がするので、どうしたら、危機感の芽生えの年齢を18歳まで下がり、僕の仮説のようなグラフになるのか、ということを考えたい。

まず危機感の欠如は、怠惰、怠慢という側面を持ちつつも、情報の欠如という側面もあるのではないかと思う。想像力の欠如という言い方も結局は想像の種になる情報の不足だと思う。

しかし、高校生は一人で生きているわけではなく、家族の一員であり、学校では生徒でありクラスの一員である。そして当然地域社会の一員でもあり、情報を持つ他者との接点を持っているわけであり、携帯という端末からでもインターネットを通じて世界中の情報にアクセスすることができるデジタルネイティブ世代なのである。

だから、なんとなく「情報の欠場」という言葉がしっくりこない。

翻り、若い頃の、あのアホらしくも愛おしい全能感とはいったいなんだったのか、ということを感がてみると、無知としか言いようがないww。すべてを知ってしまった今、あの全能感を取り戻すことは残念ながら酒の力を借りても不可能だと思う。

若者は知らないのだ。知らないということが彼らの特権であり美しさなのだ。

なんにも知らなくても、なんとかOJTという社会の懐で帳尻合わせてきた時代があったんだと思う。僕はその恩恵に預かった最後の世代なのかもしれない。

それが知らないままではどうにもならない、基本スペックが、デフォルト設定が大幅に高度化した者しか生き残れないような世の中になってしまっているのだ。

なんとなく流れが変わってしまっているのだ…。どうしよう。

自分の思っていたことと違う結論を書かざる得なくなってきてしまったが、今、書きながら考えたことは「若者とは知らない生き物ではなく、納得できること(人)、しか聞かない生き物である」ということだと思う。

危機感ばかり煽り立てる大人、社会、テレビ。

誰も彼らの腑に落ちるような「納得感」のあることを言えてないのではないか?

最近、『Web進化論』の梅田さん言い方を拝借して、僕はこんな言い方をしている。「今の、超高齢化社会、経済成長の停滞、僕の若者だった90年代とはもはや別の国を今の若者は生きている」

別の国で育たった大人の経験に彼らは価値を見出すだろうか?

僕らはいったん古き良き時代のノスタルジアを捨てて、今を生きる彼らの時代に即したキャリア教育を実践していかなければならないのではないかと思う。まず変わるべきは教師であり学校だと思う。

野生の動物のように、生まれた瞬間に立てないと生存競争を勝ち抜けない時代である。職業教育の在り方を変えなくてはならないのに、まだボヤボヤとそれは学校で行うべきかという議論をしている。学校教育では間に合わない部分が当然あるんだと思う。そこで、他者の力を借りる勇気を学校は持ってもらいたい。

現状のサポステ等利用状況を見ていると、学校がNPOとの協力関係を構築できているとは思えない。今年度、厚生労働相はサポステの50団体に対して800万ぐらいで中退者のアウトリーチ事業というものに取り組ませている。

これの進捗は如何に?

僕の聞きかじるところでは、学校にガードの固さ、現場への浸透のし難さで停滞ムード。学校というのは校長の鶴の一声がききそうできかないみたいな。

休みで時間があるとは言え、どんどん脱線してしったなあ。「みんなで力を合わせて初動年齢を18歳まで下げようよ!そうすれば、多少若年者就労問題は解決する」です。

学校側の変化は必須です。ちょっと中途半端に長くなってしまい申し訳ありませんが、この仮説を証明させながら、実践していきたいと思います。

実は来週、神奈川の教員に対する職業教育について、二日間に及びお話をさせていただく機会をいただいております。

Today's BGM is
NIAGARA TRIANGLE Vol.2 20th Anniversary Edition
320202008482年のアルバム。僕は当時13歳だから、多分リアルタイムじゃなく聴いていたんでしょうね。ただ、「A面で恋をして」はリアルタイムでテレビから耳にしていたような。僕は大滝の「ロンバケ」から入ったのか、元春の「Someday」からこれに辿り着いたのか?記憶が定かではないが、今聞くと元春の才能とキャラがずば抜けてる印象。ちょっと贔屓かなw。杉のビートルズ感も当時の僕にはこんな日本人の音楽が初めてだったので刺激的だったな。このジャケもね!


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