« 2010年8月15日 - 2010年8月21日 | トップページ | 2010年8月29日 - 2010年9月4日 »

2010年8月22日 - 2010年8月28日の1件の記事

2010年8月24日 (火)

「結果の出やすい層」と「結果の出にくい層」は地続きなのだ。

僕がこの仕事を始めた約10年前の2000年頃。僕はひきこもりという言葉を初めてハローワークの求人票の中で知った。

このエピソードは、僕がその当時属していた一般大衆層には、「ひきこもり」がその程度の知名度と問題意識だったことが物語られていると思う。

ちょっと調べてみると、斎藤環の『社会的ひきこもり』が1998年。その1年前の97年に工藤定次の『おーい、ひきこもり』が出ているので、当時の若年者問題の、今のこの業界では一般的に認識されていたことだということがわかる。

ちなみに「ひきこもりは、誰にでも起きうる事態である」という言葉が有名な厚生労働省のひきこもり対応ガイドラインが01年。

一般的には僕がこの業界で仕事をはじめた2000年当時、若者の問題といえば所謂今で言えば反社会的な若者たちと不登校で、若者が困難を抱えるということは珍しい“特別な経験”として捉えられていた。

それが特別じゃなく、「誰にでも起きうる」ということに変わったのは、ある意味行政の認識がようやく追いつき、04年の玄田有史『ニート』で一般化したんだろう。

僕はこの仕事をしたくてしたわけじゃなかったし、仕方なく始めたわけでもない。僕は本当にたまたま、ひきこもりの若者支援を職業として始めた。業界的には激レアなことだろうが、これまでの僕の職業選択はすべてこの「たまたま」だ。一般大衆的にはごくごく当たり前な職業選択方法の一つだろう。

笑っちゃうが、それだけの話で、僕はひきこもりやニートなどの若者を専門分野にし、その予防支援ということで高校生も対象にしている。自分の言葉でいえば典型的な「後天的社会的起業家」だ(先天的とは学生時代に芽生えている人)。

今、大学生の就職浪人者10万人とか、新卒者一括採用の賛否がいろいろなところで語られている。その前は早期離職の問題。それまで困難を抱えていなかった層の若者も困難層に入り、誰もが一歩間違えれば、いや、真面目にやってきていてもニートやフリーターになるリスキーな世の中になっている。まさに、若者が社会的弱者になってきている。

僕がこの仕事を始めたた当初、この仕事の説明は案外難しかった(苦笑)。今は通じてしまう。そういう時代の変化この10年であったのだ。

(暴力的で嫌だが)社会的弱者化している若者たちを大きく「質を問わず就労」というキーワードで二分化すると、仕事に就きやすい「結果を出しやすい人たち」と、仕事に就きにくい「結果の出にくい」層に分けられる(この二分化は各状態ごとにもあるのだが…)。すなわち結果とは支援結果=成果ということになる。

一般企業にしろNPOにしろ行政にしろ、事業である以上当然のこととして「成果」が求められる。事業を継続していくには、一定程度の「成果」を出し続けなくてはならない。行政が必要以上に「成果」を求めるあまりNPOが緊迫しているという悪循環も気になるテーマであるが、ここではこれ以上触れない。

長い前置きになったが、何を言いたいかというと、僕は所謂「結果の出にくい層」を専門にして仕事をしてきた。これが事業化の障壁のひとつであることは確かだが、こういうジャンルの仕切りを自分自身のなかに、この業界の中に作ることがなんともバカバカしくてしょうがなくなって来ている、このジレンマに対して何か自分の中で整理をつけたい。これがこの記事のモチベーションである。

僕ら側の人間の深層心理には「結果が出しやすい層」を対応するのは楽とか、ほっといても結果は出せるのだから「出にくい層」に注力すべし、という発想がついつい出てしまう。定時制高校などで「ヤンキー系はほっといてもまあなんとかなっていく」という発想がほぼそれに当たる。もうこういいことからどうなんだということなんだけど。

職業的専門性と、人間的関心は別になってていいわけで。人間的関心を、職業的専門性に収斂させていくときの視野が狭さや情報の狭窄は職業的致命傷になりかねないのではないか。ソーシャル・ビジネスを展開していく上では、人間的関心性と職業的専門性を曖昧にミックスさせていかないとおかしなこと(ここ曖昧ですみません)になるんじゃないかと思うわけです。

ちょっと自戒を込めて思っていることを書きました。僕は「たまたま」から始まってのめり込んだ支援者なので、こういうことが気に掛かるんだと思うけど、この特性を活かして、両者をつないでいけたらと思う今日この頃なのです。「結果の出やすい層」と「結果の出にくい層」は地続きなのだから。

後記:病院の待合室で、急患が数時間待っていた人より優先されるのは人道的に正しくて、誰も文句は言わないわけです。僕の書いた「結果の出にくい層」はこの例えでいえば慢性疾患で、「結果が出やすい層」は骨折や外傷で、瞬間すごく痛いけどまあすぐに治る。だから優先というふうにはならんし、どっちも困っている人として受け入れ、それを解決してあげなきゃいけないわけです。同じ大病院の違う科ぐらいの認識でいかないと、この先、この大病院は潰れるんじゃないかという危惧です。

Today's BGM is
J.J.Cale/Okie
ImagesJ.J.Caleは、ロックンロールの再発明家の一人だと僕は思う。この人の前にこの人のようなアーティストはいない。後にはいろいろいる。代表的なのはJ.Jの「アフター・ミッドナイト」をカバーし、ちょっと前にJ.Jとのデュエットアルバムを出したクラプトンだろう。この当時のクラプトンは自分のボーカルスタイルを模索しJ.Jを聴いてこれだと思ったのだろう。その後クラプトンの喉は快調に開いていくのだが。このなんともいえないホンワカしたビート。嗄れたつぶやきのような少ない音階のメロディ。代表作に『Naturally』が出ることが多いが、こっちから入るべき!

| | コメント (0)

« 2010年8月15日 - 2010年8月21日 | トップページ | 2010年8月29日 - 2010年9月4日 »