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2010年10月31日 - 2010年11月6日の1件の記事

2010年10月31日 (日)

大学について考える。その1〜AO入試を問う

私が参加しているユースワーカー研究会という会があります。
先月のテーマが「大学のイマドキ事情を知る」でした。
私はAO入試について非常に強く疑問を持っているので、
大学関係者の方へいろいろと質問をしたところ、
「おいおいちょっと大学やばくないか?」という危惧が鮮明になりました。
その後、個人的にもリサーチしたものをシェアしたいと思います。

AO(Admissions Office)入試とは、90年に慶応SFCが初導入し、
その後、96年ぐらいに軒並み導入された、
偏差値や学力一辺倒の入試スタイルではなく、
人物像を重視し、面接や志望動機で合否を決める入学試験のことです。

一流大学と呼ばれている大学ではAOでも落とされますが、
別名オールオッケー(All Ok)入試とも揶揄されている通り、
大学に入れる学力がないにもかかわらず、
入学できる(させる)仕組みになっています。

92年に、大学入学年齢の18歳人口がピークに達し、
その後、毎年平均3%という速さで大学入学年齢の減少しているわけですが、
それをまったく無視した形で文部科学省が大学の設置基準を緩和し、
90年に507校だった大学が09年には773校に膨れ上がりました。

これにより07年に入学希望者総数が入学定員総数を下回り、
大学全入時代、すなわち大学の定員割れが生じたわけです。
その定員割れをなんとかするためのAO入試なわけです。

私はこの問題を、学生に視点を置いた時の以下の問題に注目しています。
1. 早期に入学が決まるため、合格後の高校生活がおざなりになり、学力が低下する。
2. 1に伴い、一般受験生との学力差が顕著になり中退の原因となる(それを補うリメディアル教育が当たり前化している)。
3. 大学受験という、人生でも一番の踏ん張りどころとしての成長機会の喪失。

正式なデータは多分公表されてないと思いますが、
今年、就職が決まらず計画的に留年した10万人近い大学生、
そして、進路未決定のまま卒業した大学生。
これらの者の中のAO入試者と一般入試者の比率というものがあり、
恐らくAO入試者が苦労しているのではないかと思うのです。

こう考えると、学生は大学経営のために導入されたAO入試制度の被害者なのではないかと思います。

さらにいえば、規制緩和により業界を劣悪化させておいて、
国際競争で勝てるよう大学の質と責任を問い、
現場の教職員たちを疲弊させている文部科学省もいかがなものかと思います。

私個人としては、学生のためにも(経営的側面の強い)AO入試は廃止になればいいと思います。
それにより経営破綻する大学は潰れてしまってもいいのではないのでしょうか。
大学の専門学校化と言われていますが、専門学校になればいいんだと思います。

追記

いくつかのTwitter等でコメントをいただきました。
ああ、なるほど、そういう見方もあるんだなあ、と勉強になりました。ありごとうございます。
よっしーさんのコメントを読むと、僕が指摘しているこれ↓
3. 大学受験という、人生でも一番の踏ん張りどころとしての成長機会の喪失。
を。別の形で享受できるだという具体例だと思います。
それはそうですね。

Twitterでは、逆に全部がAOになった方がよいのでは、という意見もありました。

なるほどです。

ということで、僕の個人的な意見に、「経営的側面の強い」を入れたいと思います。

私は、学生のためにも(経営的側面の強い)AO入試は廃止になればいいと思います。

Today's BGM is
柳家小三治/『野晒し』
Ii142落語にはまっています。でも多分、レゲエが好きなのではなく俺はボブ・マーリィが好きなんじゃないか?という感じと非常に近く、俺は落語が好きなんじゃなくて小三治が好きなんじゃないか?と思うのです。小三治師匠の魅力は「まくら」にあります。CDを収録時間を見ると、まくらが30分、ネタが10分。いつ始めるか?始めないんじゃないか?この感じが堪らない。これもそのひとつ。

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