« 2010年2月14日 - 2010年2月20日 | トップページ | 2010年2月28日 - 2010年3月6日 »

2010年2月21日 - 2010年2月27日の4件の記事

2010年2月26日 (金)

困難を抱えながら就労する“中間的労働”としての「在宅ワーク」の可能性について語り合うイベントやります!

ハマトリアム・カフェのアフターアワーズで連載している「在宅ワークについて語り合う」の番外編、『在宅ワーク・アカデミー』を開催いたします。詳しくはこちら

私もディスカッションのコーディネーターとして(なんかこういう仕事増えたなあ)、企業の方と参加します。

実際のどうなんだろうなあ、在宅ワークという引っ掛かりを支援者は持っているわけで、その辺の引っ掛かりを上手くポジティブにつなげていきたいと思っています。

在宅ワークアカデミー開講!」

日時:平成22年3月2日(火)午後2時から4時

場所:岩崎学園ビル806号室

| | コメント (2)

2010年2月25日 (木)

『「結果を出す人」はノートに何を書いているのか』という本を読んだ

この間、とある質疑応答で「いつもどんな本を読んで勉強しているのか?」と聞かれたんだけど、なんか照れ臭くて上手く答えられず「あんまり読んでません」とウソをついちゃいましたメンゴ(*´ェ`*)

僕はこの業界で仕事を始めたとき、染まっている人が多いと感じ、自分は「5年は業界本を読むまい」と心に決めました。まあ、ぶっちゃけ興味があってはじめた仕事でもないので(笑)

だったら素人感覚とか実感とか生活ベースで考える事を大切にしたいと。それは前職の理事長がそういうことを大切にする人(アンチ・ライセンス派?)だった影響もあるかもしれません。

自分が小説を書いていたこともあり、結局6年ぐらい業界本は読まず、大江健三郎を筆頭に純文学系の小説を読み漁ってました。

率直に自分の武器(災にもなりますが…)は「言葉にできること」だと思ってますが、こういう経験の影響があるのかもしれません。ちなみにバンドも日本語にこ41jcne7folだわった歌詞でやってましたよ。

『「結果を出す人」はノートに何を書いているのか』という本を読んだメモをブログに残して 置きたかっただけなんですが、ヒストリー的な話しを始めると非常に長くなるのは歳ですかねえ(苦笑)。今amazonの書評を見たらかなり評判の良い本なんですね。

シェアするココロのオリジナルセミナーで「メモ取りワーク」とうのが、ご好評をいただくことが多いのですが、そのセミナーを強化しようとアンテナ張っていたところ図書館で見つけた一冊です。かなり、ハック系の本とノリや内容が被るので、その手の本をすでにお読みの方は斜め読みで太字だけ追えばいいと思います。まあ、僕がそれ。

ちなみに僕は割とメモ魔で文房具フェチ(著者との共通点)。

以下、共感の高い参考になるポイントを要約引用。

  • 誰もが毎日、同じように仕事をしているはずなのに、その経験が成果につながり報酬に変わる人とそでない人の差はノートの使い方である。正確には積極的に記録(経験の貯金)している人としていない人の差。
  • グーグルで検索ができるのは、他人の知識と経験だけ。
  • 社会人のノートは暗記するためではなく忘れるために使う。
  • 思いつきを拾う「メモノート」と、情報の基地となる「母艦ノート」、「スケジュール」にわける。
  • 1コンテンツ、1ページが基本
  • アイデアというのは、意外と本来関係ないものから生まれることが多いので、ノートは情報を時系列にどんどん記入して一元化していく(スケジュール帳が目次となる)。
  • ポストイットのベースステーションを背表紙に作る。

Image926_2
早速、チビのメモノートとペンを購入、実践してます。移動中の閃きをキャッチ!でも、同じ役割をツイッターもできるんですよね。

昨日の、「ヨコハマ・ユースフォーラム」で、岩崎学年の植田さんが、若年無業者に対して有効なカリキュラムのひとつは資格取得による自信の獲得だとおっしゃっていましたが、それを支援者側から見た場合の注意点になることがこの本に書いてありました。

  1. 何のために資格を取るのか考える(目的の明確化)
  2. 取った後の自分の姿をイメージする(資格の活用)
  3. 資格取得までの期間とプランを立てる(期限設定と計画立案)

結局、ここを怠ったまま資格取得した若者が、取った後に立ち往生しているケースがあまりにも多い!

本日は、足立区社会教育委員に出席です。大好きな図書館の利用について。終了後は大好きな懇親会!今週は呑みが多過ぎです(^-^;

Today's BGM is
Bob Marley & The Wailers/Songs Of Freedom [Disc 1]
Songs_of_freedom_medium 4枚組のボックスの1枚目。若く初々しいというよりあどけないボブ。レゲエではなくスカなウェイラーズ。最初は嫌いでしたが、段々耳馴染んで。丁度このDiscはレゲエへの過渡期を捉えていてドキュメントとしても面白い。ていうかこのジャケのギター。4弦がないんです。僕は若い頃、キースが6弦外している例もあるので、これはあのカッティングをするために外しているのかと思っりして。果たして真相はいかに!?

| | コメント (2)

2010年2月24日 (水)

第三回ヨコハマユースフォーラム雑感

昨日は第三回ヨコハマユースフォーラムでした。大勢の方に起こしいただき、ありがとうございました。

これまでウェブ上だけのお付き合いだった札幌サポステの松田さん、横浜のLittleRingさん、やっと会えましたね!またつながりました(^O^)/

フォーラムの内容については追ってハマトリアム・カフェで紹介させていただくとして、僕の雑感を。

昨日、あのパネルディスカッションの列に、しかも僕の隣に本田先生がいたというのは非常に刺激でした。22なぜか笑顔の私。

僕が横からチラミしたのと本田先生の発言をつなぎ合わせると、本田先生はメモ魔で図フェチで自虐的だということがわかりました(笑)

本田先生が自嘲しながら何度も「ホンタイ」という言葉を使っていました。

それは文脈により、学校であり企業だったり、自治体であり政府であるわけですが、研究者として、問題の糸口を手繰れば必然的に辿り着くテーマなわけで、そこを熱心に考え憤っている。

研究者としてピュアな方だなあと印象を持ちましたし、大局的な視点の高さと、等身大の憂いにはリスペクトです。

現場は現場で目の前の若者たちの今と未来を真剣に考えていると、強く感じました。

まあ、いつもOA(オンザアルコール)でもOFFA(オフザアルコール)でもあんな話しをしているのですが。今度、OAパネルディスカッション(OAPD)っていう夢の企画を実現させたいですね(笑)

僕は、現場に現れていない大多数の若者に対して思いを馳せるようになってきています。

何度か書いてますが、64万人のニートのうち、施設利用しているのは恐らく4万人に満たないのです。僕の仮設の裏付けとして本田先生の調査で、支援情報を持つニートは全体の0.2%だと言ってましたね(質問しそびれましたが、ちょっと少な過ぎのようなリアリティあるような。母数が何か知りたい)。

何が言いたいかというと、みんながバラバラな対象に思いを寄せ取り組みをしていながら、みんながひとつのフィールドの上で切磋琢磨しながら協力関係にある(本田先生は前日もK2でフィールドワークをされていたそうです!)。

この状態をさらに進め、横浜の、各法人の強味にしていくことの可能性には、ちょっと他では考えにくいことがまさに起きそうな手応えがありました。

終了後、いつも意見交換させていただいている高校の先生と、これまたやっと酒を酌み交わす機会も持てました!出会いの数だけ呑みがある。ちょっと飲み過ぎだなあ今週…。出会わなくても呑んでいるんだよなあ(みつを風)

みなさま、今後ともご指導ご鞭撻、ご協力よろしくお願いいたします。

Today's BGM is
チャットモンチー/告白
4108121642_2福生の図書館にたまたまあった前作の「生命力」。子供達用に借りてきたら見事はまって。車での移動中はほぼチャットモンチーに…。徐々にはまっちゃって今度はこれ。変拍子が気持ちいい「シャングリラ」(子供に変拍子を理解させるには絶好の曲)のようなキラー・チューンはないのかもですが、アルバムとしてこっちの方がいいです。女子のトリオって頼りない気がするじゃないですか?頼りないんですよ。でもリズムアレンジでカバーしてたり、小手先感がキュート(ライブを観るとテクニックあります。行きたい!)。ひょっとすると女子高生が背伸びするとカバー出来るぐらいのハードル設定にプロデュースされているのでは?とおじさんは思うのです。程よく可愛い三人組!いつもより長いなあ((´∀`*))ヶラヶラ

| | コメント (1)

2010年2月21日 (日)

社会資源の偏りとその秘密

極めて当たり前なことなのかもしれないが、若者を支援している人とか、そういう団体は、手の掛かるしんどいなユーザーに引っ張られる傾向を持っているようである。

実はこれ、教師にも当てはまると藤原和博氏も指摘していて。その指摘の仕方がわかりやすかったのでうっすらと引用してみると。

五段階評価で生徒をセグメントしたとすると、教師が気になるのは、1や2の生徒であり、どうやらそういう生徒が可愛いのだそうだ。

そういう情はなんとなくというか、よくわかる。

次いで気になるのは3の生徒を4、4の生徒を5にすることだと。ハイエンドな5の生徒が1番ほっとかれて塾任せになっているが、実は経済的に塾にいけない子がいるので、藤原氏は夜スペでハイエンドの生徒を更に伸ばす取り組みをした(賛否両論ありましたがこの説明は納得がいきます)。

支援者と教師は、なんとなく別の人種のように感じてしまいがちだが、ソーシャルな共通領域にいることを改めて感じさせるエピソードである。

さて、下の図を見てほしい。これはA〜Eという社会資源が理想的に配置されているという図である。緩やかな階段が居場所的支援から徐々に就労を強く意識した支援につながっていることを表している。

Image903

ちなみに今回話題にしているのは、私的な法人ではなく、公的な機関及び公的な資金で運営されている公的なミッションで活動する機関についてである(シェアコロの運営するハマトリアム・カフェもこれ)。

私的な法人は自らのミッションをまっとうするために我が道をいってほしい。

今度はこちらの図を見てほしい。全国的にだと思うが、どうも支援機関が社会的に求められた立ち位置よりも随分と居場所、或いは個別カウンセリングよりにシフトした支援メニューで運営されているように感じるのである。

Image904

これにより、本来緩やかな階段をステップアップできるように配置された社会資源が、どこも緩やかな定着支援や居場所支援、カウンセリングを中心にすることとなり、社会資源としての差別化がなくなってきている(実際は各々特徴的であるがマニアックなジャンル分けに過ぎない)。

これにより、就労を強く打ち出した社会資源が手薄になり、ステップアップしたいユーザーが立ち往生してしまっている。いきなりハローワークは無理!みたいな。或いはギャップが大きすぎ、そこにポッカリと落ちてしまうユーザーが出ているのではないか。

現場がニーズを感じ、徐々にシフトしたのだろうが、本来担うべきポジションよりも随分と前に、かなり無理して支援して、そこに二年、三年通い続けている若者がいるというケースを耳にするたびに、どうしてこんな風になってしまったのか考えてしまうのだが、その答えが冒頭の支援者、いや、ソーシャルな領域で仕事をする人たちの性のようなものなのかと思い当たったのである。

しかし、支援者個人がそのような嗜好を持つのは悪いとは思わないが、団体や施設が本来担うべき役割、社会的ミッションを蔑ろにしてシフトしてしまうのはおかしいと思うのである。

もうひとつ縦割り行政の弊害がもろに出ているケースも見受けられる。根っこの省や部が違うことで起きているかぶりもあるのだ。Aという社会資源があるにも関わらず、知ってか知らずがBという社会資源が別の部署から立ち上がると。こういうのはどんどん事業仕分けで整理されていくのでしょうが。

最後にもうひとつ。それがこの図。要するに、ローエンドユーザーほどリファー(他団体への紹介誘導)が困難なのである(それにしても字が汚い。写真を転送をする手間を考えればパワポで作っちゃえばよかったなあ)。

Image905

一度関係を(彼ら的には相当!)苦労して築いたら、新たな関係をゼロから構築しようとは思わないのだ。

誰にも話したくない秘密の話しを、わかってくれる保証のない人間にもう一度しなくてはならないのだから、その気持ちはちょっと想像力を使えばよくわかるだろう。なので彼らはファーストコンタクトした施設に定着する傾向を持っている。

そもそも、このボタンの掛け違いをなくすためのアセスメント、つまり本人を理解するための最低限の聞き取りではなく、どの団体に行くことがベストなのかを、いったんその団体の職員という立場から離れ、俯瞰的に社会資源の照合を行うためのアセスメントが各機関で出来上がっていないことが課題なのではないかと思う。

これは、僕が最近、いろいろなところで語るようにしている「出口非未決定型アウトリーチ」と理念は一緒である。

最後に言うまでもないが、理想的なネットワーキングを表にしてみた。

Image906

例えば、BにAが対象しているような若者が現れたら、BがそのサービスをA側に拡大するのではなくAにリファーすればいいのだ。コアコンピタンスという経営用語がある。意味は「競合他社を圧倒的に上まわるレベルの能力」「競合他社に真似できない核となる能力」ということだが、こういうことをもっと意識しあわないと社会資源としての価値がなくなることを、理解すべきだと思う。

Today's BGM is
John Coltrane/The John Coltrane Quartet Plays
Coltrane_qurtet_plays 苦手だったアルバムが急に聴けるようになることってありませんか?僕はこれ、という後期のコルトレーン。たいがい何かナビゲーションとなる音楽との出会いがそうさせているのだと思いますが、僕の場合はマイケル・ブレッカーがコルトレーンへの理解に導いたような感じがしています。それにしてもベースが二人ですよ!ひとりはギコギコ、一人がブインブイン!エルビンの拡散するドラム。カオス一歩手前でコルトレーンが境界を手探りしている。そんなアルバムです。

| | コメント (0)

« 2010年2月14日 - 2010年2月20日 | トップページ | 2010年2月28日 - 2010年3月6日 »