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2012年1月の9件の記事

2012年1月28日 (土)

意思決定プロセス「先付けの人、後付けの人」

後付けは禁止?え!?なに??串揚げのソース?

そうじゃありませんw。

行動する理由が先にないと動けない人と、後から意味をくっつけちゃう人がいるなと、最近、相談を通して感じています。

僕の座右の銘は「見る前に跳べ」。好きな言葉が「なきゃないで(あったらあったで)」。そう、僕は典型的な後付けの人です。場当たり的だとよく叱られます(苦笑)。そしてそのおかげで「忙しい人」になってしまっています。

後付の人は、無計画とも言えるわけですが、どこかに「なんとかなるさ」という楽観性と、結果に対する責任を取る構えがあるように感じます。それは同時に「なんとかなってきた(成功体験)」実績が行動への結果期待を高めている、自己効力感の高さでもあるわけです(SCCT理論参照)。

先付けの人の特徴は、慎重過ぎて「石橋を叩いて壊しちゃう人」です。このようなタイプの方を、エンパワーメントし、行動に結びつけるのは、とても大変な時間とスキルが必要となります。ディンクレッジの意思決定プロセスで説明すると、苦悩型と呼ばれる方々だと思います。
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①意思決定の明確化>②情報収集>③選択肢の明確化までは行くのですが、④根拠の明確化に入っても、⑤最終決定できず、不安になり、また情報収集を開始します。或いは、根拠の明確化ができ最終決定しても、次の行動に移すことができずに、また振り出しに戻る。これが先付けの人のパターンです。

後付の人と比較すると、なんとかなるとはどうしても思えず、悲観的。結果に対する責任を取れないと考えてしまう。これは今までの成功体験のなさから、結果期待が低くネガティブなものになるから動けない。ということだと思います。

ちなみに、後付の人たちの特徴は、上記の図でいうと、いきなり最終決定しちゃう。「へえ〜なんでそうだと思うの?(根拠の明確化)」というと、「そんな気がする」とか言います(笑)。そういう人には。最終決定は尊重しつつ、②からお付き合いするべきだと思います。って、自分のことですね(;´Д`)。

先付けがダメで、後付がいいということが言いたいのではなく、どうして先付けの人と後付けの人がいるのかを、知っておくことでアプローチの違いが見えるんじゃないかということで紹介しました。

Today's BGM is
Miles Davis/1958 Miles
1958miles_2「On Green Dolphin Street」の冒頭。ビル・エバンスのピアノに導かれて、ドラムとベースがすっと入ってきて発せられる一音目の「パップゥ〜♪」で、「俺が聴きたいマイルスはこんなんなんだあ〜!」というお耳の喜びを感じてしまうアルバム。僕はこういうマイルスが一番好きです。『ビッチェズ・ブリュー』とか聴けない人です。一生懸命努力したんですよ(;´Д`)でもダメでしたね。蛇足ながらジャケは池田満寿夫。


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2012年1月25日 (水)

バイターンの新たな可能性/求職者支援よりも求人企業支援へ舵を切るべきかも。

不景気が続くなか、もっと雇用創出に繋がる仕事を新しく創らなきゃだめだ。という声があちこちで聞こえて来ます。

そういうのも大事だとは思うんですが、実は仕事は創らなくてもあるんじゃないかと僕は思うんです。

これは現在、様々な方々のお力を結集しながら取り組んでいる、就職希望高校生のための、有給職業体験プログラム「バイターン」で、中小企業の方々と話していて気づいたことです。

当然のことながら、雇用というのは、働きたいという求職者と、働いてもらいたいという求人企業が出会うことによって生まれるわけです。

このマッチングは、お互いに一目惚れしてパッと決まることもあれば、お見合いのように仲介者が入っても破談になったり、なかなかいい人と出会えず、持久戦にもつれ込む場合もあるわけです。

持久戦にもつれ込んだ場合、持久力があるのは、求職者と求人者のどちらでしょう?

経済的な体力があるのは、どう考えても求人者である企業なわけですが、生活のかかった求職者の方が必死の持久力を発揮し、企業の方が先にもういいやと諦めてしまうみたいです。

そんな、諦めてしまった中小企業が、この国にはいったいどれぐらいあるんだろう?

企業は何度も、この人でいこうと、気持ちを固め採用するわけです。しかし、どんなに仕事を教えても、すぐに辞められてしまう。もう、うんざりしてるわけです。

つまり、採用と退職の繰り返しに疲れてしまっているんです。或いは、いくら募集を出しても求職者が来てくれず、諦めてしまった企業もあるでしょう。

「面倒くさい異性と付き合うよりも、俺は一生独身でいいや」となるわけです。なんか、既婚者が少ない今の世の中に似ていますね。ひょっとしたら少子化対策と、アプローチはそっくりだったりするかもしれませんね。

脱線してますが、つまり「あんな悲しい思いをするぐらいなら、もう恋なんかしない」的な、企業側に雇用の片思いがあるわけです。

逆に言うと「あんな悲しいを思いをしないなら、また恋をしたい」のです。ダメになりそうになったら、相談に乗ってくれて、支えてくれる人がいてくれれば。

ちょっと恋愛の例えがオーバーになってしまいましたが、これは、僕が耳にしている中小企業のニーズとして、実感値の高い話しです。それをしようというのが、バイターンです。

最近、僕はこんな風に思うようになりました。バイターンは、実は若者支援ではなく、中小企業支援なのではないか?予想以上に、企業は雇用の悩みを抱えているのです。

冒頭の話に戻しましょう。新規の雇用創出には、ない仕事を創るためのコストとリスクがかかります。この課題を、ふるさと雇用のような、一時的な誤魔化し施策でなんとかしようとしても、効果は一瞬です。

それよりも、既存ニーズとしてある雇用を掘り起こした方が、コストはかからないし、リスクも少なく、効果が高いと思うのです。思い切ったことを言えば、求職者支援をするよりも、求人企業支援に力を注力した方が、効果があるのではないかと思うのです。

実際、長期フリーターや、シングルマザーを雇用した場合に助成金がもらえるものや、トライアル雇用やジョブカード等、雇用のハードルを下げる企業支援がすでに取り組まれていますが、これらは、マッチングには関与しないし、雇用後も経済的支援に留まり、フリーターが職場に定着するメンター的なサポートはありません。

むしろ、経済的な支援よりも、マッチングと、職場定着への支援を望んでいる企業は多いのではないでしょうか?(このコーディネーターの人件費を考えると、経済支援の方が安価なのかもしれませんね)。

バイターンを高校生や学校視点で見てきましたが、企業開拓が開始しましたので、企業視点でバイターンを捉え直す機会が増えてきています。

この新たな切り口で、バイターンを再定義し直すことで、バイターンがより効果生の高い仕組みになる可能性を感じ始めています。


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2012年1月23日 (月)

バイターンが朝日新聞に取り上げて頂きました!

皆さん、こんばんは。

こんな書き方したこと殆ど無い思いますが、今日は不特定多数の人々へではなく、僕のブログを継続的に読んでいただいている読者の皆さまに向けて書きたいと思います。

改めて、皆さん、こんばんは。このブログで去年の5月15日にはじめて取り上げ、その後しつこく書いてきました有給職業体験プログラム「バイターン」が、本日の朝日新聞に、その取り組みが掲載されました。こっそりここにアップしておきます(問題があれば直ちに消しますw)。この女の子、マスクが大きくてよくわからないけど、僕がいつも司書室でいっしょにご飯を食べてる生徒がだと思う。「仕事が面白い!」って嬉しそうに、いつも報告してくれます。

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2012年1月23日夕刊社会面

夢は語り続けると叶う。

僕はこのことを信じています。このブログを匿名で書き始めた2007年、僕は起業を決意してこのブログを書きはじめました。起業もバイターンも、夢を叶えるための通過点であって、夢とは違いますが、僕はこうやって、言葉を形にしながら生きていくんだと思います。

これから、ますます言葉にすることにこだわっていきたいと思います。そして、それを実現させることに人生を費やしていきたいと思います。

「たった一度の人生、私は後悔したくない」。僕が起業を決意した言葉は、今も僕の胸の中で大事な言葉として、しかりと深く刻まれています。

Today's BGM is
つじあやの/Sweet, Sweet Happy Birthday
Neowing_vicl62691つじあやのは我が家の人気者だ。ベスト盤から入って、とても時間をかけながらアルバムが少しずつ増えてる。これは我が家にある一番の最新版w。大人になってるんだな。「たんぽぽ」から7年後の、再びいつの間にか好きになってたパターンのラブソング「真夜中の散歩道」とか。「君と僕」の間にはなかった、「私とあなた」の間にある大人の空気が、二人の距離を縮めない感じが切ない。レゲエの「心に花を咲かせましょう」は屋敷豪太のドラムが聴けますよ。


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2012年1月20日 (金)

お父さんは、社会と子どもたちをつなぐキュレーター

うちの長男(中3)と長女(中1)には、Gmailのアカウントを持たせています。長女に持たせたのは、半年ぐらい前でしょうか。

その頃から、面白い動画や、写真、ためになる言葉やブログを移動中などに見つけると、二人にメールで教えるということを始めました。


タイトルにしたような狙いなどなく、単純に読んでほしい、見てほしいという動機でした。しかし、長女はメールのコミュニケーション自体が楽しいようで、絵文字を駆使して、感想を伝えてくれたり、返事のない長男が「見たよ」なんて言ってくれるのが嬉しくて、最近では週に二つぐらいでしょうか、習慣になっています。

中には、ジョブズのスタンフォードでのスピーチ全文とか、難しくて読んでくれないものなんかもあるのですが(苦笑)、リアクションはあまり期待せず、いいものをポコポコ送っています。

経済に興味のある長男には、経済により興味が湧くようなニュースを、心優しい長女には、心温まるほっこりとするニュースを。エンタメは二人に。

昼間送った動画などの話題を、僕が晩酌してる夜に話題になったりすることや、「ほら、あれみたいだよね」なんていう、共通理解を持つことができて、家族関係もより親密になったような気がします。

これ、僕の性格だし、多分この先、彼らが大人になり、社会人になったあとも、ずっと続くんじゃないかなって、最近思うんです。

そしてそのうち「パパこれ知ってる?面白いから見てみて(^-^)/」なんて、双方向のやり取りとなり、やがて、僕が教わる側になっていくんじゃないかなって。

なんとなく、これって新しい親子のカタチだったり、お父さんの役割り何じゃないかなって思っているんですよ。ひょっとしたら全然新しいカタチでもなく、もうそんな関係がいろんな家庭であるのかもしれませんね。

そういうの、なんかいいなあと、思うんです。きっと震災の時なんか、この、親子が共通したICTのリテラシーを持っていたら、とてもスムーズに情報交換ができちゃったりすると思います。

お父さんな皆さん、是非、子どもたちのキュレーターとなって、社会と家庭の接点という役割になっていきませんか?楽しいですよ。

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2012年1月11日 (水)

戸塚ヨットスクールという宿泊型支援施設になぜニーズがあるのか?

はじめに。このブログは、度々起きている戸塚ヨットスクールでの利用者の自殺により、ひきこもりやニートの若者の宿泊型支援、或いは若者の自立支援そのものへの批判や、否定のような流れが出てしまうことは避けてほしいと思い、このようなブログを書かせていただきました。ただ、ここまで連続して起こると、世間も戸塚ヨットスクールと他の支援団体を同一視しているとも思えないのですが、広い意味で同じ自立支援をする者として、自分の考えを整理する意味でも書かせていただきます。

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高校デビューとか、大学デビューとか、これまでのキャラを一回捨て、新しいキャラに生まれ変わるきっかけって、何度かあったりしますよね。

就職や転職だって、そういうそういう意味では心機一転のデビューです。僕自身、引越しを繰り返してた若い頃、自分のことを誰も知らない町に住む、しがらみのない自由さは、これからなんでもできるんじゃないかという希望だったりしたものです。

誰もがそうやって、古い殻を破り、新しい自分になりながら、マイナーチェンジを繰り返し今の自分になっているんだと思います。それが成長なんだと思います。

そう考えたとき。ひきこもりの若者は、一度もデビューができなかった、新しい自分になれなかった人と言えるのではないでしょうか。

高校や大学にはもう行かない(行けない)でしょうし、ちょっと就職するのも難しそうな彼らは、一度もデビューすることもなく、その機会すら失ってしまった人たちだといえます。

このリセットできない苦しみをどうすればいいのでしょう。この“やり直しの機会”を提供するのが、宿泊型支援を行う者の使命なのです。

ドツボにはまって身動き取れなくなった硬直した家の空気。

地元の連中に会うぐらいなら死にたい。

彼らは、端から見たらなんで??と思うぐらい、広い世界の中のめちゃくちゃ狭い範囲で苦しんでいます。もしも、この狭い範囲を超え、自分のことを誰も知らない地域で、はじめからやり直すことができたら、どれだけ楽になれるだろう。

家を出る相当な恐怖と、はじめからやり直せるリセットを天秤にかけたら、きっとほんの少しリセットが重いんだと思う。

そんなことを願っているひきこもりの若者はきっと多いはずです。そこに希望があるから、彼らは家を出る。その希望の光を感じさせる。そんな支援を支援者たちはしています。

家庭訪問し、家から出た若者が素早く車に乗り込み、さっとうずくまった。車が走り出す。どうしたんだろうと見ていたら、大きな河を越えた途端にむくりと起きて、見知らぬ町の景色をずっと眺めていたひきこもりの若者がいました。

彼は、地元の友人に見られるのが嫌でうずくまっていたようです。そして、自分のことを誰も知らない町に着き、自立への道を歩み始めました。

殺したいぐらいを親を憎んでいるひきこもりの若者もいます。同じ屋根の下で、同じ空気を吸い、同じ水を飲んでいるというだけでも、怒りが込み上げてくるような日々…。

ある若者が部屋から出て来て、親の前に座った時の睨み殺すような眼差しを、僕は今でも覚えています。保護者の方に退席してもらった途端、彼の顔から悪魔が退散したのかと思うほど、柔和な表情になり、家を出る準備がしたいから3ヶ月待ってほしいと彼は言いました。

3ヶ月後、彼は家を出て、やはり自分のことを誰も知らない町で、自立に向かい歩き出しました。

環境を変えるというのは、非常に有効な支援方法であることは間違いないと思います。個人的には、サポステのような通所型支援よりも、数倍速く宿泊型でまっとうな支援を受ければ自立できると言い切れます。しかし、宿泊型支援には環境を変える際や、24時間付き合う中で、大きなリスクも伴いますし、保護者に多大なコストがかかるのも事実です。

9日、戸塚ヨットスクールでまたも悲しい自殺が起きました。僕はリスクはつきものとして、擁護するつもりはありません。起きていい自殺などないのです。ただ、このような負のニュースが、上記したひきこもりの若者が自立する可能性を打ち消すようなことにはなってほしくないと思っているのです。

宿泊型支援への批判は主に以下の3点だと思われます。

1.家からの出る際、本人との合意形成を無視した一方的な連れ出し。
2.施設内でのカリキュラムや管理体制の在り方。
3.高額な利用料云々。

1.に関しては、NPO法人「育て上げ」ネットの『家庭訪問士養成講座』等、対応スキルの標準化が進んでいるし、支援者のモラルとスキルは相当高まっていると思います。

ただ、合意形成と書きましたが、上記したような家庭内での合意形成というのは非常にデリケートな問題で、「イヤよイヤよも好きのうち」的な一番標準化しにくい部分ですし、ここを見誤ると、大きな事故にもつながります。だから行政支援が踏み込めない領域になっているわけですが、誰かが背中を押してあげなければ出てこれないのが、ひきこもりの若者です。

よく、親が「無理やり連れて来ました」と息子さんを相談に連れてくるケースがありますが、大の大人が本気で嫌がったら、三人がかりでも動かすことは容易ではありません。

3.に関しては、僕の知る限り批判は聞くけど大きな問題は起きていないように思います。個人的には、仕事に就けない子どもが一人暮らしをはじめ、その生活費の全て(家賃・食費・光熱費)と、第三者の支援を受ける費用(塾や予備校に行っていることと同じ)を考え、その団体が提示している額が正当化どうかを判断すればいいのではないかと思っています。

また、ここは「NPO法人がお金を取るの?」的な、文化構造のようなものも影響している議論なのではないでしょうか。けっして安いとは思わないし、誰もが受けられる支援ではないので、公的資金が投入されたサービスが求められていると思います。まあ、それが若者自立塾だったわけですが、残念ながら仕分けられてしまいました。新たなスキームで公的な宿泊型支援が行われることを僕は望みます。

「なんで戸塚ヨットスクールに親は入れたんだ」という書き込みをネット上で多く見ましたが、そういうニーズ(スパルタ教育で叩き直してほしいではなく、子どもに環境を変えてやり直しの機会を提供したい、というニーズなんじゃないかと考えています)はあるということを考えるべきだと思います。

そして、問題は2ではないでしょうか。ここはどうしてもブラックボックス化してしまいがちです。業界内での内部規定のようなものを作る動きも過去にはありましたが、機能はしていません。個人的には、サービスも会計も透明化された団体に寄付(評価)が集まり、それがサービスの向上(若者の自立)につながるポジティブな連鎖を作っていくことが大事だと思います。NPO法人への寄附控除や認定NPOの流れなどは、このようなことに寄与するべきムーブメントだと捉えています。

長くなりましたが、最後に、第一発見者になってしまった施設職員の方や、同様の経験を持つ仲間たちについて、何かできないかと考えています。まるで心のケアがされていないと思います。PTSD的なスタッフもいらっしゃいます。業界全体の成熟を考えた場合、このようなことも重要であり、考える機会としていくべきなのではないかと思います。

株式会社シェアするココロ
代表取締役社長 石井正宏

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2012年1月 8日 (日)

主訴を疑え!〜裏主訴にアプローチするにはラポール形成〜

間近に控えたPS養成講座のテキストを作成しながらメモっていたら、勝手に盛り上がってブログになりました。1月22日の行われるPS養成講座の僕のパートの予告編として、或いは補足としてお読み下さい。
※PS養成講座は現在、参加者が定員を満たしたため申し込みを受け付けておりません。
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ラーメン屋に入って牛丼を注文する人はいない。

しかし、腹が減って死にそうなとき、本当は牛丼が食べたいのに周囲にはラーメン屋しかなく、しかたなくラーメンを食べたことはないだろうか?

若者が就労支援機関を訪れるのも、実はこの「しかたなく」に似ているんじゃないかと思う。

本当は彼女ができないことや、親の無理解や、死にたいことなんかを相談したいのに、そこに掲げられた看板が「就労支援屋」だから、仕方なしに「なかなか仕事が決まらないんです」と言っている。

ここで私たち支援スタッフに、「ああそうですか、では、まずあなたの強みが何かを知ることから始めましょう」と笑顔で言われる。

これに似たようなことがいたるところで起きてやしないか?

食べたくないラーメン、しかも本当は腹なんか減ってないのに「大盛りは無料ですけどどうします?」とドヤ顔で言われているようなものではないか。

「主訴」という言葉がある。相談者が主に訴えかけたい話で、相談のコアな部分のことである。上記で示したことから言えば、「なかなか仕事が決まらないんです」は、実はこの人の主訴ではない可能性がある。

私たちは主訴の裏側に潜む、本当の主訴をコミュニケーションの中から探り出し、コアな課題を解決していかなければ、表面的な「なかなか仕事が決まらないんです」を解決することはできないのだ。ここでは、それを裏メニューに擬え、裏主訴と呼ぶことにしよう。

裏主訴の副作用として主訴が生じている。わかりやすいかわかりにくいか微妙だが、僕はそんな風に感じている。そして、その裏主訴であるコアな課題を相談者と「真の問題点はここだよね」という合意形成できなければ、その裏主訴にアプローチすることはできない。

相談者との話しの中で「ひょっとすると◯◯さんの、本当の課題はそこにあるのかもしれませんね」と言ったときにヒットしたときの濃密な関係性は、経験者ならわかると思う。これ、実は裏メニューにある牛丼がパッと出された瞬間の感動であり、これこそ心の中で、真のドヤ顔でガッツポーズの瞬間だろう。

しかし、こんな場面は経験ないだろうか。

「なんで仕事の相談に来ているのに、生育歴や親との関係を話さなければならないんでしょうか?そんなこと関係ありますか!?(怒)」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃならないんだよ!(怒)」

これは僕の若い頃の失敗談です(苦笑)。ラポール形成=信頼関係構築が疎かなうちに、その方の課題を明確に感じ取ってしまい、一目散にその課題にアプローチしてしまったんです。

裏主訴というのは、実は多くの相談者が気づいていなかったり、触れてほしくない、或いは触れられることが怖いと思っていたりします。ここにどうアプローチしていけるか、即ちラポール形成していけるかが、僕らの“腕”だと言えると思います。

僕は宿泊型の支援を長く経験してきました。このラポール形成がオン・オフタイムで出来上がってるとある種のオカンと息子というか、家族的関係にまでなるんですよね。僕は今、それをブース内でどう築くかを考えながら、相談を受けています。

残念ながら、この関係性は傾聴だけでは築くことができない。二度と来なくならない程度のぶつかり合いとか、こちらの自己開示、言葉遣いや服装、話題のチョイス、さまざまなスキルが総動員されて築きあげられている。

ちょっと、そんな話を60分という短い時間ですが、今度の『PS養成講座』では理論的に話してみたいと思う。

最後に、就労支援の看板を掲げざるえないのは、委託事業として厚労省の労働政策として予算が付いているからという根本的なことがある。そこで今、横浜では内閣府経由の委託事業として『生活・しごと・わかもの相談室』と“生活”が入れ込めている。僕はこのネーミング(看板)により、サポステとは違う層の相談が来てるんじゃないかと強く思っているんですよね。どうなんだろ?

Today's BGM is
The Rolling Stones/Stripped
414z8b94nzl久しぶりにわりかし今のストーンズをちゃんと聴いた一日だった。今のストーンズ、かっこ良くないですか?なんだろ、ミックとキースの距離感がかっこ良くなって、よりチャーリーとロニーが惹き立つというか。元々てらいがない人たちだけど、さらになくなったよね。僕はまだスコッセッシの『Shine A Light』を観ていないんだけど、凄い観たい。観るからにはDVDが欲しい。


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2012年1月 7日 (土)

『なぜうつ病の人が増えたのか』の感想ツイートまとめ

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昨年から、友人にいただき読んでいた冨高辰一郎氏の『なぜうつ病の人が増えたのか』。日本では99年から急激にうつ病患者が増加したけど、その背景に製薬会社の"病気作り”キャンペーンである「Disease Mongerring」があったからだと本書は指摘している。

僕が若年者就労支援の業界に首を突っ込んだのがほぼこの年。多くのうつ病と言われる人、自分で言ってる人に会ってきたが、正直、この視点は全くなかった。僕が学び、実践してきたことの一部は、本書が指摘している製薬会社の仕掛けた「うつ病はこころ風邪、早期発見早期治療(服薬)」というものが、少なからず影響している。いや、もっと大きいかもしれない。

社会的背景を押さえた上で、支援していかなければならない僕らの仕事では、客観的に知っておいた方が良い情報であると思うので、僕が電車の中から気になった部分をツイートしておいたものをまとめて、紹介させていただきたいと思う。

以下、@masahiroishiiかのTwitterから。

うつ病患者が精神科を受信しない理由。第一位「自力で対処したかった」第二位「ひとりでに改善すると思った」第三位「自分が治療を受けていることを他人に知られたら心配」。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。99年から急激に増えたうつ病の理由を探る本を読み始めました。


posted at 08:27:02

うつ病患者数、メンタル休職者数、抗うつ薬の売り上げは三位一体の関係と言ってよいだろう。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。98年173億円の抗うつ薬市場が、99年以降右肩上がりに拡大して、06年には875億円まで拡大してる。日本社会の環境変化だけなのか?ってことか。

posted at 09:18:55

SSRIが導入されると、うつ病患者やメンタル休職者が爆発的に増加するという現象は、日本以外の先進国で繰り返されてきた社会現象なのである。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。一気にネタばれ感があるが、この本はこの先どう展開されるのか。なんだかドキドキするなあ。

posted at 09:30:57

(うつ病患者が突如増えた)99年は日本に初めてSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が導入された年。99年5月にデプロメール、00年11月にパキシル、06年にはジェイゾロフトが発売された。他の先進国よりも10年遅れで導入された。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。

posted at 09:21:11

自殺者数は失業率と対応し、失業率の改善と共に減少しているので、自殺者は経済状況を強く反映していると判断すべきだが、気分障害患者数は上昇を続けているため、増加理由を他の要因と考えるべきだろう。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。

posted at 09:10:09

なぜSSRIが導入されるとこれほどまでにうつ病患者が急増するのか、そしてこの現象をどう評価するかだと思う。こういった疑問を考えることが、現在のうつ病問題を理解し、その対策を考える上で重要ではないだろうか。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。ここ、ここ!ここが知りたいんです。

posted at 09:26:19

80年代の英国の大不況においても抗鬱薬の処方に大きな変化は見られない。87年SSRI導入。不況が90年代中頃から回復しても、抗鬱薬の処方は右肩上がり増え続けた。抗鬱薬の処方数に影響を与えるのは景気ではなく、SSRIの発売であったことがわかる。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。

posted at 09:06:31

効果の低い公共事業に関する世論の目は厳しくなってきている。しかし有効性の低い薬に関しては手つかずと言ってよい。国の歳出に占める公共事業費よりも医療費の方が圧倒的に大きいことを考えると、そういった見直しも必要かと思う。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。

posted at 20:52:33

Disease Mongerring とは、製薬会社が豊富な資料を背景に、病気の啓発活動を過剰に行うことによって、必要以上に薬の売り上げを伸ばしているという批判の言葉。病気の押し売り、病気作りと訳されることが多い。『なぜうつ病の人が増えたのか』より。

posted at 08:46:26

製薬会社によるうつ病キャンペーンは、3ステップのメッセージ。うつ病は誰でもかかる病気である(不安)。適切な治療で治る病気である(希望)。早期の受診による治療が重要(行動)。『なぜうつ病の人が増えたのか』より要約。不安、希望、行動は、営業の黄金律。製薬会社社員は6割が営業。

posted at 09:25:30

『なぜうつ病の人が増えたのか』読了。答えは明らかに製薬会社のキャンペーンだ。それで救われた人もいるし、あってもなくても大変な人は大変だろう。ただ、軽いうつ患者を重篤にしていることもありそうだ。支援者として社会的背景を知れてよかった。読みかけの本書をくれた古今堂さん、ありがとう。

posted at 20:50:17


最後に、誤解を招きやすい本書に書かれている大事な視点を引用しておきたいと思う。

患者は「自分がうつ病になったこととSSRIは関係ない」と思うだろう。患者が理解してもらいのは、うつ病の辛さである。うつ病になる前は、SSRIという薬の存在すら知らなかった。本人すら意識していないことを、うつ病患者増加の原因と言われても納得できないと思う。

その通り。僕の目の前にいる相談者が「自分はうつ病なんじゃないかと思うんです」と言った際に、「いや、それは製薬会社のキャンペーンに踊らされているんだよ」なんて言った所でなんの意味をなさない。

Today's BGM is
細野晴臣/HoSoNoVa
Hosonova大好きな細野さんのアルバムが届きました。ますます味わいが増しているなあ。声が更に低くなった!?オリジナル7曲、カバーが5曲。オリジナルもいいんだけど、細野さんのカバーっていいんだよねえ。絶品はチャップリンの「スマイル」。エルビスの「ラブ・ミー」もいいなあ。「ラモナ」のようなカバーなんだけ、細野さんが訳詞をしたものもあり。鈴木茂を変わらず起用しているのも細野さんだね。


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2012年1月 2日 (月)

バイターン取説(フリー・ダウンロード)

いいねボタンはFacebookのいいね!ボタンの左2つ目にあり、クリックするとPDFとしてダウンロードされます。

バイターンに興味があり、自分たちもやってみたいけど、どうやって説明しようかな…、というNPO法人職員や地方自治体の職員、また、教員の方々に是非活用していただければと思います。

※本事業は本年1月より企業開拓を開始し具体的に稼働します。よって、本資料には運営マニュアル的なものは含まれておりません。マニュアルは24年度末に、同様にダウンロードしていただけるように致しますので、お待ちください。

※尚、途中経過は、バイターンのFacebookページで適宜ご報告していきますので、是非、いいね!ボタンを押して下さい。http://www.facebook.com/byturn.project

Today's BGM is
Amy Winehouse/Back To Black
51pw6haox1lたった二枚にアルバムを残し去年の夏に急逝したエイミー・ワインハウス。これがラストアルバム。タイトルは明らかにフィル・スペクターの『Back To Mono』の捩りだとわかるほど、彼女はロネッツ周辺の音が大好き。音もこだわりのを感じさせ、僕も気にかけていた女性シンガーなだけに残念なニュースでした。大ヒットした「リハブ」だけを聴くと、ちょっとキワモノ的印象を持ちますが、アルバムの完成度は相当高いです。伝説になるんでしょうが、若いアーティストは後追いしないでほしいな。


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2012年1月 1日 (日)

「社会変革よりも自己改革」2012年の目標

明けましておめでとうございます。今年は、去年、足場作りをしていた2つの大きなプロジェクトが本格稼働する年になります。まず、ひとつは有給職業体験プログラム「バイターン」。そして、もうひとつは、「大学生の生活満足度調査クォール」です。

バイターンは、就職を希望する高校生のための職業マッチング制度の新たな提案であり、クォールは、大学内で困窮している学生像を明確にしていき、大学内での新たな支援スタイルの提案に結びつけていきたいと考えているプロジェクトです。

個人的には「ハマトリアム・カフェ」を含め(シェアコロ初期造語3部作w)のこれらは、私が起業をして取り組みたいと考えていた予防的支援になっているという点で、まだまだ社会的なインパクトはありませんが、自分たちの果たすべくミッションの一部にアプローチできているという手応えを感じています。

このバイターンとクォールは、既存の仕組みに対する新たな仕組みの提案であり、即ち過去への否定であることは間違いありません。同然、既存の仕組みを運営されている方々もいらっしゃるわけですので、抵抗や批判も受けることになることでしょうし、現にそのような批判もあります。

そんなとき、僕は思うのです。破壊的創造という言葉があるよに、「創造者は同時に破壊者でもある」のです。そして2012年という年は、そういう破壊的創造により、多くのことが刷新されなければならない年のような気がするんです。

僕もモアベターな仕組みをこうして提案し続けていきたいと、日々考えていますが、ただの破壊者にはなりたくはない。では、破壊的創造をする人間とぶっ壊し屋の違いは何か?“破壊した後に生まれる新しい世界へのビジョンを持っているかどうか”だと思うんです。龍馬の凄さはここですよね。

そして、社会変革を標榜する人間の内面の美しさこそが、非常に重要になるんじゃなかいなって思うんです。大好きな佐野元春の「インディビジュアリスト」という歌があり、元春はこんな風に歌っている。「なにも変わらない奴は何も変えられない♪」。そうだ、変わらなきゃならないのはまず僕だろう。

同時に、今日見つけたイチローがアメリカの小学校で子どもたちに向けたメッセージ。「自分を大切にしてほしい。自分を大切にすれば他人も大切にできる」『イチロー262Next メッセージ』より。自分を大切にするというのは、自分を甘やかすということではなく、「限りある自分の人生を真剣に考えてほしい、その上で他者=社会にどうコミットするべきか考えよう」というメッセージだと僕は受け止めました。

そして、僕が今読んでいる『7つの習慣』に出てくる「インサイド・アウト」という「自分自身の内面(インサイド)、パラダイム、人格、動機などを最初に変え、それから、外側(アウト)、他人や環境を変えるということ」という根本ができていなければ、ただの私腹を肥やしたい破壊者になってしまうのではないか。

時代が大きく動く中で、自分のスタンスが定まらず、失語症的状況に陥りがちな毎日で、僕はシンプルな目標を見つけられたような気がしています。

「なりたい自分を考えるよりもなりたくない自分を考えよう」。これは、僕が高校生に伝えているメッセージ。自分も同じ。なりたい自分を考えているとわからなくなる。なりたくない自分から離れるための自己改革。

逆説的かもしれないけど、「社会変革よりも自己改革」ということが、本当に社会を変える術なような気がしてきました。そんな2012年元旦。Year Of The DORAGON。どこまでも自分を昇りつめさせたいと思います。

Today's BGM is
Madeleine Peyroux/Careless Love
Carelesslove330未だに発音できないこの女性シンガーは、地元の音楽仲間の山本さんのお勧めで好きになったアーティスト。ビリー・ホリデイのような歌い方をするんだけど、レディ・デイ的な陰鬱さがなくて僕は好き。バックの演奏もハモンドのヒョロヒョロとした音とかツボ。今、下のYoutubeで知ったけどギター弾きながら歌うんだ。ますます好きになったなあ。


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