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2012年3月29日 (木)

パッション馬鹿と情熱クレバーが社会を変える〜イノベーションを生む人たち〜

バイターンを進めてると、いろいろな課題が見えてきます。課題が明確になればなるほど、僕が他人事のようにおかしく感じてるのは、イノベーションという美味いスープの仕込み方のヒントが見えることですw。バイターン協議体の皆さますみません(;´Д`)

今回のブログは手前味噌になりそうですが、僕自身が気づいていなかった、実感としての大きな気づきなので、あえて書いてみたいと思います。

そのイノベーションという名のスープのレシピに欠かせないのは、無知と情熱と知性。僕はこれをパッション馬鹿(無知と情熱)と、情熱クレバー(知性と情熱)と、今朝名付けました。

パッション馬鹿がイノベーションというスープに不可欠な理由は、無知ゆえにシミュレーションが精緻にできないということ。しかし、無知ゆえに無邪気なほど、そのゴールをクリアに思い描くとこができる。ここがパッション馬鹿の大きなアドバンテージです。

僕には、バイターンに今降りかかってきてる問題が正直見えてませんでした(この問題はいつか話したいと思います)。今の問題がもしも見えてたら、多分僕はバイターンの仕組みを考えなかっただろうし、考えても諦めてただろうなと思うんです。

無知というのは、発想の根本がルールや慣習、法律の外側にあるということです。今、十分に機能しているものの追加機能を考えるのではなく、今、にっちもさっちも機能していないものに変わる新しい仕組みを考える時、その機能が生まれたルールや慣習、法律の中で考えてたら、イノベーティブな事業は生まれないでしょう。

そして、今のルールの中で動いてる人たちにしてみれば、そのカウンター・カルチャーはあまりにも強烈で、これまでの自分の常識ややり方が通用しなくなるという恐怖を与えてしまうし、時にはビジネスモデルが成り立たなくなることさえある。これが破壊的イノベーションというものです。

この恐怖や不安や、或いは面倒やメンツが、イノベーティブな事業の障壁になります。これをぶっ壊すのが、ボトムアップという民意なのか、トップダウンという政治力なのか?はたまた両方なのか?僕にはまだわかりません。この辺は、両方に携わってきた湯浅誠さんに、いつか聞いてみたいなあ、と思っているところです。

さて、もうひとつの重要な要素。それは、必ず美味いスープに仕立てて、子どもたちにご馳走してやるんだ!という情熱。あ、スープのメタファーは終わってませんのでw。

この時の子どもたちの笑顔を事業の「答え」としましょう。としちゃえるのもパッション馬鹿のなせる技というも気もしますw。

パッション馬鹿にも、ただの馬鹿にも、情熱クレバーも、ギークもスーツもデザイン型も、きっと、その答えが笑顔だということはわかると思うんです。

でも、その答えを導く過程で、知り過ぎていると萎える要素が増えるんです。学習性無力感というものがあります。これはあまりにも成功しない状態が長く続くと、人はやる気や自信を失う、という当たり前のことなのですが、負の情報を知り過ぎてると、自然に思考がそれを避け、萎えるというわけです。

恐らく見え過ぎてる人たちは、美味いスープを作って子どもたちにご馳走し、笑顔になってもらう、というミッションの手前で妥協点を作ったりしてしまいます。

このブログで書いてる「先付けの人」と「後付けの人」にも通じますね。

パッション馬鹿は、先に意味や理屈や手法や手段を吟味し、納得しないと先に進めないが、その過程で疲弊し先に進めない、いわば石橋を叩いてたらへばってしまう「先付けの人」とは違い、無知ゆえに答えに突っ走る、典型的な「後付けの人」なのです。

こういう人は後から「あっぶなかったねえ〜」と、目を輝かせます。ちなみに僕の座右の銘は「見る前に跳べ」です。笑ってしまいますねw。

次に重要なポジションを担うのは情熱クレバー。

情熱クレバーは、パッション馬鹿と違い、精緻なシミュレーションが可能です。パッション馬鹿の言ってることが、魅力的ではあっても、当然、リスクや無茶が読めます。

しかし、パッション馬鹿が描き出した子どものたちの笑顔。どう考えてもそのスープ作りには、危険が伴うが、そのレシピを見たら美味いに違いないという確信、それが笑顔とつながり、情熱を帯び、障壁に立ち向かうモチベーションを生み、自家発電がはじまります。

頭のいいだけの、ただのクレバーは、ここで揚げ足を取ってしたり顔をするのでしょうが、情熱クレバーたちは違います。揚げ足を取ったところで満たされるのは、自己顕示欲だけ。社会は1ミリも動きません。彼らは障壁を取り除くことに動き出し、社会を1ミリでも良い方向に押そうとします。

今僕は、ちょうどここを体験している最中なんです。

最後に、パッション馬鹿の話に戻します。パッション馬鹿は馬鹿じゃないんですw。そこのルールや慣習、法律を知らなかっただけです。何が言いたいかというと、イノベーションを起こすには、外側の
異質な人間が必要だということです。一度身に染みてしまったルールや慣習からは、技術的に脱することは不可能です。

僕は今回、学校という文化の外側の人間だった。パッション馬鹿だった。バイターンはそれが始まりだったんだと、昨日気付きました。

終わりに、全く関係のない東浩紀の『一般意志2.0』からの引用で締めくくります。

情報量の減少、あるいは「複雑性の縮滅」は、現代社会の成り立ちを考える上で鍵となる概念のひとつである。私たちはしばしば、サービスにしろコンテンツにしろ、情報量が多く、選択肢が増えれば増えるほど価値が高まると考えてしまう。しかし、実際は、現代人は複雑なものにはお金を払わない。むしろ複雑さを減らしてくれるものにこそ、お金を払うのだ。したがって、いまの政治の再生、さらにはコミュニケーションの再生を構想すのであれば、そこで必要なものは、まず世界の複雑さを「縮滅」し、催事的なコミュニケーションを可能にする制度設計の技術ということになる

パッション馬鹿の夜明けを宣言しているようだwwww。

Today's BGM is
Bob Marley/Dreams Of Freedom: Ambient Translations Of Bob Marley In Dub
Albumdreamsoffreedomambienttranslaボブ・マーリーのアルバムをビル・ラズウェルがダブミックスしたアルバム。ダブにもいろいろとあるんだけど、僕の中ではアーティストを単なる素材としてしか見てないタイプと、その世界観やクリエイティビティへのリスペクトを持っているタイプ、リミックスにも言える思うけど、ビル・ラズウェルは完全に後者。どうシリーズでマイルスのもあるんだけど、ファン目線だから、ファンも納得のダブアルバムに仕上がってる。アンビエントな感じが最高だ。

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