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俺が会社を始めた理由

Chapter.2 「ゴスペル・ハイウェイを行く」 »

2012年10月 4日 (木)

俺がこの仕事を始めた理由

Chapter.1 「Blues=不確実性に身を委ねて」

僕のお話を聞いて下さった方々は、皆さん「どうしてこの人はこの仕事をはじめたんだろう?」という疑問を思い浮かべるらしく、「石井さんは、どうしてこの仕事を始めたんですか?」と、よく聞かれる。

なので、かなり前からお答えがルーティン化してきていて…。ウケもいいし(笑)、いっそブログにしっかり書いておこうと思った次第なのでした。この続編として「俺が会社を始めた理由」も書いておこうと考えていますので、そちらもお楽しみに!

この物語は、いつもは端折っている、不意に息子を授かるところからはじめようと思う。でもってキース・リチャーズの伝記風に書かせてもらいたいと思います。以下を読んで、僕へのアポイント取り消しても構いませんよw。しかし、これを読んでワクワクしてご来社いただけた方とは、きっといい仕事ができると思います!それでは、はじまりはじまり〜。
※より、ムードを楽しみたい方は、文末のYoutubeを再生しBGMにしてください。

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27歳の夏のある日、妊娠検査薬を持ってトイレから出てきた俺の恋人は「私、産むからね」と、固い決意を秘めた瞳で俺に言った。俺は結成3年目に入った「コズミック・モンクス」という、ライブをやればそこそこお客が集まり始めたバンドのリーダーで、音楽家になることを夢見る典型的な夢追い型フリーターだった。借金はあったけど、貯金なんかない、レコード収集が趣味の頼り甲斐のない男だった。

「私、産むからね」なんて、まるで雷が落っこちてきたみたいな言葉への答えは、思った以上に時間はかからなかったと思う。こういう時に時間をかけると男らしくないし、女は怒りだすからな。しかし、いわゆる走馬灯ってヤツが頭の中でスローモーションで回転してて、「男の責任」とか「バンドの成功」とか「嫌われたくない」とかいう未練がましい思いをエネルギーにしてずっと回ってた。

平静を装った顔してタバコに火をつけた俺が出した答えは、「じゃあ、結婚しようか」だった。

なんの準備もしていない、若干パニクった男なんて、こんなことぐらいしか言えないんだよ。しかし「じゃあ」は余計だったな。妻となった恋人は、このことをしばらく厭味として使ってたし、今でもそれは地雷として彼女の心の中で眠ってるはずだ。だから俺はいつもその地雷を踏まないように気をつけてるよ。未婚の諸君は気をつけた方がいいぜ。これだけは言っておくよ、プロポーズの時には「じゃあ」とは言わないことだ。

27歳の俺は、産まれてくる赤ちゃんのために正社員として働くことを決意したんだが、多分またケンカして啖呵切って後先考えず辞めたんだろうけど、結婚式当日は無職で2,500円しか持ってなかった。情けないことに、親に花束を買うのを躊躇したのを覚えてるよ。若いっていうのは気持ちと行動とが裏腹になるもんさ。

どういうわけだか、当時の俺の仕事選びのモットーは「やったことがないことをする」だった。はてさてやったことがないこと…。人に頭を下げて回る営業かあ。ロックンローラーだった俺の職業観では、営業っていうのはそんなものだった。

しかし、下げたことのない頭を産まれてくる息子のために下げてみる、それもロックじゃないか?悪くないぞ!そんな気分で俺はさっそく求人誌を見て電話した。俺の特技は面接に必ず受かることなんだ。まあ、いい時代だったってことなんだけどな。数日後には先輩の同行訪問に付いて行ってた。

「ど・う・こ・う・ほ・う・も・ん?これって訪問販売なんですか?」
「そうだよ〜w」

俺はいつもこうなんだ。真面目にしようと思うとこうやってつまづく…。俺の真っ当人生の出鼻はくじかれっぱなしだぜ、コンチクショー。だけど、俺はただじゃ転ばない。俺は天性の話術によって悪徳セールスマンの中のトップに君臨したんだ、ガハハハ…。

人生ってこれだからわかんないよな。最短昇進記録とか樹立しちゃって笑えるぜ。でも、考えてみると俺の特技はスピード出世なんだよな。まあ、自慢話はしらけるからやめておこう。3年ぐらいその訪問販売をやったけど、あることをきっかけに売れなくなっちゃって辞めたんだ。まあ、何にでも潮時ってもんがあるのさ。

そこから就職活動をするんだけど、高い金を稼ぐと安い金で働くのが馬鹿バカしくなっちまってな。内定はもらうんだけど仕事を決めれなかった。その頃は幸せすぎて詞が書けなくなって曲作りのスランプだったから、小説家になりたいなんてことを思ってた。

小説はメロディに乗せるための語呂だとか韻なんてことを考えなくていいし、またサビに戻すためのフックもいらないから、作曲に比べりゃあ楽なもんだった。結局、8ヶ月無職で毎日小説家気取りの生活をしてたよ。

ちなみに、営業職の途中で今度は女の子を授かった。二人の子どもが本当に可愛くてさ。子どもたちとずっと毎日一緒にいて、公園や川に行って遊んで、子どもが寝たら小説書いたり、曲作ったりしてた。めっちゃラブ&ピースなこの8ヶ月間を、石井家では「エンドレス・サマー〜永遠の夏〜」って呼んで、語りぐさになってるよガハハハ…。

(ちなみにこの時書いてた小説は、文藝の新人賞への応募作品1600作品近くの中から2次選考を通過し11作品に選ばれた。受賞は綿矢りさの『インストール』)

あるとき、何がきっかけだったのか。多分、失業保険も終わっちまって、いい加減働かなきゃまずいってことになって、またハローワークに行ったんだ。俺は横田基地で働きながら、小説書いたり、みんなとジャムったりできたら、金なんかもういらないと思ってた。

8ヶ月で俺はまっとうな金銭感覚に戻ったんだな。金はいらない。俺が欲しいのは時間だった。内側から溢れだす表現したいって欲求は金があっても満たせないんだ。時間を使って気の済むまで吐き出すしかない。そんな気持ちでハローワークに行ってみたけど、横田基地の求人の載ってそうなファイルは誰かが見ててなかったんだ。外は暑いから、暇つぶしに適当に手にとったファイルでも眺めてようと思った。まさかそこに、俺の人生を変えるたった1行の言葉があるなんて、夢にも思ってなかったよ。

「不登校、ひきこもりの生活指導」

生活指導じゃなかったかもしれないけど、そんなことが書いてあった。俺はそこではじめて「ひきこもり」なんて言葉を知ったよ。正直、気持ちの悪い言葉だと思ったね。でも地図を見たら、俺の借りてた平屋の家から車で10分だし、宿直なんていうわけのわかんないものはあるけど、5時で終わるのか、時間はたっぷりじゃねえか、と思ったよ。

まあ、何より横田基地の仕事はしたことがあったけど、ひきこもりの支援は「やったことがないこと」だった。俺は面接を受けてみることにした。

面接に行ったら建物がボロくてがっかりしたよ。俺はてっきり白衣着て、サンダルみたいなのを履いて清潔そうな床をペタペタ歩く仕事だとばかり思っていたからな。なんとか法人ってのはそういう仕事なんじゃないのかよって。帰ろうかと思ったけど、俺の根っからの好奇心の嗅覚が何かを探り当ててたんだろうな、俺はそのまま面接を受けることにしたんだ。

はじめに出て来た男が何を話したかのか何も覚えてないけど、その次に現れたタバコをよく吸う、結局、俺のボスに10年間なった男の言葉は忘れない。「お前がお前のままでいればそれが仕事だ。ここは社会をしらない若者のための擬似社会みたいなところだから。資格なんか要らないさ、人が人を支援するのに資格なんか要ると思うか?」。福生には面白い大人が割りと多かったけど、ここにもいたって思ったね。

ちなみに履歴書の中の8ヶ月前の俺は坊主頭だった。でもいまここにいる俺は髪が伸びてたんだw。「すみません古い写真でw」なんて。そんな俺が、今やキャリアカウンセラーで履歴書の書き方なんて金もらってやってるんだぜ!笑えるよなあ、ガハハハ…。

そして俺は、求人票に書いてある高い方の額で雇用されることを条件に、この仕事をはじめた。俺の言った条件を飲んでくれなかったら、俺はこの業界にいなかっただろうな。

確かあれは、もう13年前の話だ。あの時、たまたま暇つぶしで手に取ったファイルの一番上にあった求人票が、俺の一生の仕事になってるんだぜ、ストーンズのミックとキースが出会って、あの時ミックがマディ・ウォーターズのレコードを持ってなかったらみたいな話しみたいだろ?ガハハハ…。

今、就活中の大学生や高校生諸君たちよ、ちょっと聞いてくれ。個人のキャリアの8割は偶然で成り立っているって知ってるか?。人生は不確実性に満ちてるんだから、それを解明しようなんて神への冒涜だよ。だから、あんまり難しく考えるなよ、考えるだけ無駄なんだよ。とりあえず飛び込む。目の前の現実に精一杯対処する、それだけだ。

15年前、俺はこんな仕事をするとは夢にも思わなかった。そして10年前、まさか自分がこの仕事を一生の仕事にするなんて、これっぽっちも思わなかった。そして5年前、俺は自分が起業するなんてことはこれっぽっちも思ってなかったんだぜ。

君たちにもきっとそんなことが起こるよ。人生っていうのは面白いよな。何が起るかわからない。だから楽しいんだ。ガハハハ…。

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